第7話 activity-1st
朝宮優と一緒に彼女が所属する劇団の練習を見た日から翌日。
俺は彼女の望みを叶え、俺たちの関係はあの時で終わったものだと思っていた。
「おはようございます、日比野君」
しかしその考えは、一時間目の授業が終わった休み時間の廊下で交わされた朝宮の挨拶によって覆される。
「どうしました、宇宙人でも見たような顔して?」
「いや、なんで挨拶したのかなって」
「なんでも何も、私たちもう知らない者同士でもないでしょう? なら挨拶くらいしても問題はないはずです」
平然と答える朝宮に俺は頭を抱えたくなった。当の本人はそれで良いのかもしれないが、巻き込まれる俺としては百害あって一利もない。今だってほとんどの生徒に奇異の眼差しを向けられ、男子連中からは殺意めいた視線を送られている。
「朝宮。俺は昨日の時点でお前の望みを叶えたはずだ。ならお前が俺に関わる理由はないはずだ。違うか?」
声でわかるくらい朝宮は機嫌悪く「ええ」とだけ答える。
「俺に付きまとうな。俺に関わったって誰も得しない」
「損得で友だちを作ってるわけじゃないので、今回の場合は例外になりますね」
朝宮のことを無視して移動しても当の本人はしつこく後ろをついて来る。
「俺は一人が好きなんだ」
「そこに一人くらい顔見知りがいても良いんじゃないですか?」
「俺なんかと話してたら何言われるかわからないぞ」
「他人の価値観に流されるほど、私は他人の視線に臆病じゃありません」
ああ言えばこう言う朝宮に俺はだんだん苛立って来た。俺が言いたいことはそんなことじゃない。
「
ここまで言われればさすがに折れるだろうと思い、後ろを振り返るとそこには朝宮の姿はなかった。
若干言い過ぎたかもと思わなくもないが、これで近付こうなどと考えないだろうと安堵し、視線を前に戻す。
「つまりあなたは私に負い目を感じている間は、私と行動をともにしても良いと」
瞬間移動したかと本気で疑った。
たまたま振り返った方向と朝宮が前に移動した方向が違っていただけにしても偶然が過ぎる。
「人の動きには敏感な方なので、日比野君の振り向いた方向とは別方向から回り込みました。びっくりしたでしょう?」
「こいつ……」
してやったりみたいな勝ち誇った表情が俺のイラつきを加速させる。しかし俺の怒りなどどこ吹く風、朝宮は自身の発現を続ける。
「なら今日も付き合ってください。私、今日部活があるのでその見学に」
朝宮の放った言葉は周りの生徒たちを驚かせるのに十分なものだった。後ろの方では悲鳴のような声も聞こえた。
「お前、俺が昨日謝罪したこと覚えてるよな?」
「追加要求です。負い目感じているんでしょう?」
「もう感じていない。あの時のお前は満足したって顔をしてただろ?」
「今不足していることに気が付きました。それとも私と一緒に夜を過ごしたこと、ここにいる皆さんにお話ししましょうか?」
朝宮の口約束を無視して逃げても良いのだが、相手はこの学校の生徒の人気を一身に受け止めている女生徒だ。周りから何を言われるか想像しただけでも身の毛がよだつ。
「……わかったよ、付き合えばいいんだろ」
「ではまた放課後に」
満足そうな顔を見せて、朝宮は去って行く。俺を苦しめて何が楽しいのか理解に苦しむ。
「今日はまた随分と面白いものが見れたわね」
後ろから声をかけて来たのは一時間目の授業に姿がなかった鈴子だった。
「朝から重役出勤とは良い気なもんだな、委員長」
「その心底嫌なモノを見る目は止めて。傷付く」
「心底から嫌だからそうしてるんだ」
感情が表に出るほど今の俺の精神状態は悪いようだ。気持ちを切り替えるために俺は小さく深呼吸する。
「それより、明はせめて周りの生徒くらいにはさっきの話の説明をしておいた方が良いんじゃない?」
「何のことだ?」
「朝から『負い目を感じた』とか『付き合ってください』とか、勘違いされるような発言のオンパレードだったけど」
鈴子から告げられたのは確かにさっきまでの俺と朝宮のやり取りの際に言われた言葉だった。
「他にも『満足したって顔』とか言ってたけど、内容を知らない人間はそこだけ聞いたら変な勘違いすると思う。ちなみに私も二割くらい疑ってます」
腐れ縁の鈴子ですら俺のことを疑いの眼差しで見ているのなら、周りの連中は間違いなく変な勘繰りを始めているだろう。
「別に気にしない。言い訳するだけ余計に疑われる」
「人と話すのが嫌なだけでしょ?」
「そんなこと」
「お前には関係ない?」
鈴子はしたり顔で俺の言葉を予測するが、後に続くそれは違っていた。
「人の台詞を勝手に解釈するな。そんなこと、ないって言いたかったんだ」
「早くしないと取り返しがつかなくなるわよ。ま、それこそ私には関係ないけど」
「問題ない。絡まれた相手が例え朝宮でも、顔も名前も知らない男子のことなんてすぐに忘れるか気にならなくなるさ」
しかしながら、鈴子の忠告が後々本当の意味を持って俺を苦しめることになるのはすぐ後になってからだった。
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