第2話 impression-1st
頭上に置かれた時計の時刻は六時半を示している。目覚ましの設定は七時にしていたので、三十分も早い起床となる。部屋には机、本棚、ベッド以外は何もない。テレビゲームや音楽機器は当然のこと、テレビもないのだから見る人間が見れば物悲しさを感じるかもしれない。
「目覚ましより早く起きるって、爺さんみたいだ」
俺こと、
「いただきます」
食前の挨拶を済ませパンに噛り付く。すると携帯が鳴り響く。こんな朝早くに電話をしてくる奴なんて一人しかいない。
『おはよう、明。もう起きてたか?』
俺の名前をお気楽に話すのは
「なんで俺の携帯の番号知ってる?」
『お前とじっくり話したくてね。学校のお前に関する情報をいくつかチェックさせて』
「用が無いなら切るそ」
『前に携帯買った時に連絡先聞いただろ! それに朝に電話したのにもちゃんとした理由はある』
慌てて電話を繋げようとするところ、何かしら俺に伝えなくてはいけないことがあるんだろう。どうやってその内容を無視しようか、俺は傾の返事を待った。
『実はな、授業に使う参考書を図書室でずっと探しているんだが、どうにもそれが見つからない。しかも時間の余裕がある時は決まって夜遅く。図書室に勝手に入るのも忍びないし、探すとなると昼休みしかないんだ』
「じゃあ昼休みに探せば万事解決だ」
『貴重な休みはしっかり取りたい』
「サボり癖がつくと困るのはお前だぞ」
『教師に向かってお前と言う発言は、ってそんなこと言ってる場合、でもないんだがそこで明に』
「断る」
そこで俺は携帯の通話を切った。だが、その数秒後にまた電話がかかる。無視しても良かったが、学校で会った時はまた同じことを言われるのは目に見えている。
俺は渋々電話を取る。
『明。頼むよ。一生のお願いだ』
「何回一生って言うつもりだよ。これで三十七回目だぞ」
『え、そんなに頼んだ?』
二十回くらいまでは本当に数えていたが、それ以降は正直忘れた。だがさっき言った数くらいはいっているだろう。
『そこを何とか!』
傾に頼み込まれると俺は引け目を感じてしまう。それは俺と傾の関係からもくることで、とにかく俺たちの関係は簡単に言えるものではない。
「……わかった。一応確認してみる」
『おお! ありがとうな。いやぁ、俺は恵まれた生徒を持ったもんだ』
「生徒使いが荒くなってないか。特に俺に対する扱いは雑用のそれだ」
『そう言うな。お前は気軽になんでも頼める数少ない生徒だ。人から頼られるってのは重要なことなんだぞ』
「あんたには恩があるしな」
『明』
そこで、さっきまで気楽な態度が一瞬で真面目な教職員の態度に変わった。
『それをここで言うんじゃない。俺はお前に恩を売るためにお前の後見人を名乗り出たわけじゃない』
「無茶言うなよ。俺がこうして生活していけるのは野乃石傾のおかげなんだから。それくらいのことはする」
『なら変更だ。さっきの話はなし』
俺たちの会話はいつもこう。
互いに荷を背負わせることなく、良い意味で距離を取り続ける関係。最初はその見極めが難しかったが、今ならその距離も手に取るようにわかる。
『というか、こんな会話何回もした記憶があるんだが』
「気のせいだろ」
傾の言う通り、最近はこうやって傾の頼みをかわしている。ただ当の本人がそれに気付いていないのだから、俺はこのまま続けて行こうと思っている。
『ま、図書室の件は良いから今度は別の話だ。お前最近学校の方はどうなんだ? 彼女の一人でも作ったのか?』
「いつも通りだ」
俺の返答に傾は深海よりも重く深い溜め息を吐く。
『明。確かに学校は勉学をするところだし、友だち作る以外の方法で学生生活を楽しむやり方もあるんだろうが、それでも友だちは作った方が良いぞ。特に彼女を作ればバラ色の学園生活がお前を待ってる』
「バラ色に興味はない。それになんだよ、急に教師らしいこと言って」
『俺は教師だ!』
鼓膜を破る勢いで叫ぶ傾。最近はこいつをおちょくるのも俺の楽しみの一つでもある。
『前から気になっていたが、お前はもっと他人との交流を深めた方が良い。お前の周りに人が集まらないのなら、お前から話しに行くしかないだろ。初めは緊張するかもしれないが、勇気を振り絞れば』
「無理だ」
一言で全てを否定する。俺にはそれが出来るほどの理由がある。
「特にこれと言った特徴もなく、協調性もない。部活動、委員会にも所属していない。休み時間は本読んで他人との接触を絶つ。こんな男の何処に仲良くなりたいなんて思う要素がある?」
ない。ないに決まってる。何せ俺自身に友だちを作る気がないのだから。
『……そこまではっきりわかってるなら、改善する気とか起こらないか? 孤独はいつかお前を辛くするぞ』
「言ったろ。俺に集団生活は向いてない。俺は一人で生きていく力を早く手に入れて、ただ孤独に生きて行くだけだ。言いたいことがそれだけなら切るぞ」
まだ何か言いたいことはあっただろうが俺は強制的に切ってやった。今度は着信がなかった。それを見て向こうも察したのだろう。
「朝から面倒だな」
苛立ちながらパンを口に含み、冷え切ったコーヒーでそれを流し込む。紺の制服に着替えて、学生鞄を手に学校へ行く準備を整えた。
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