自分の置かれた状況の事は一時忘れ、本気で怒り、悔しがった花音は唇を噛む。

そんなとき、襖の向こうから声が掛かった。



「御客様、酒巻 一鉄(さかまき いってつ)と名乗るお方が下に来ていますが、いかがいたしましょう?」



どうやら声の主は宿の従業員で、来客を伝えにきたらしい。

息を呑んだお夏は目を丸くして立ち上がった。花音は首を傾げる。



「知ってる人ですか?」



「…酒巻 一鉄様…。

先程 話していた、私の…想い人です…!」



「えっ!?」



(想い人って、恋人だよね?

っていうか、酒巻って言った!?


もしかして…お夏さんは沙織のご先祖様なんじゃ…!?)



ハッとした花音は声を上げた。



「…お夏さんっ!!」



突然 大きな声で名前を呼ばれ、お夏は驚く。



「っ!?ど、どうなさいました?」



そんな お夏の手を握り、花音は言った。



「その酒巻さんと駆け落ちしてください!」



「えっ…!?」


「な、何をおっしゃいますか!」



花音の言葉に お夏は固まり、ばあや は声を荒らげる。


普段なら怯んで黙ってしまうところだが、



(…これは、もしかしたら夢かもしれない。


だったら、お夏さんが好きな人と一緒にいられるように、思い切った事をしちゃえ…!)



意を決した花音は、ばあや と お夏の顔を見つめてハッキリと、



「私が、お夏さんの代わりに、お城に行きます!


だから お夏さんは、好きな人と一緒に幸せになってください!」



と言い切った。

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