第19話 二人の気持ちのズレ

 やはり、眠い――


 火曜日の朝。

 通学路にいる喜多方春季きたかた/しゅんきは、瞼を擦りながらゆっくりと、その道を歩いていた。

 西野麗にしの/うららと朝方まで通話していても、早く起きられるようにはなったものの、体の怠さは改善されてはいなかったのだ。

 ゆえに、三時間休んでも肩が重かったのである。


 普段から早く休もうと思い、麗との電話中も気を付けてはいるのだが、それでも時間にはルーズになってしまう。


 付き合っている女の子と一緒の時間を過ごせている事に楽しさを感じられるからこそ、自分の頭でわかっていても、なかなか改善できない部分というのもある。


 春季がゆっくりと道を歩いていると、近くから聞き覚えのある声が聞こえた。


「おはよう、春季!」


 明るい声でフレンドリーに接してくるのは、いつも通りといった感じの幼馴染の神崎阿子かんざき/あこだ。

 笑みを浮かべる彼女は朝から元気であり、春季の元へと近づいてくる。


「一緒に学校に行こ」


 彼女は春季の隣を歩き始める。


 そういえば……そうだったな。

 今日中には言わないとな。


 春季は心の中で、麗と会話していた内容を振り返っていた。

 左隣にいる彼女の横顔をチラッと見やる。


 これから阿子には残酷な発言をしなければならず、苦しみの方が勝ってきていたのだ。

 それに伴い、眠気も徐々に取り除かれていく。


「春季って、本当に麗さんと一緒に付き合っていくの?」


 阿子の方から話題を切り出してきた。


「そのつもりだけど」

「そっか」


 阿子は少しため息をはいた後、歩きながらも春季の事を見つめてくる。


「でも、私の方が春季の事をいっぱい知ってるわけだから、私と付き合った方がいいと思うんだけどね」


 阿子は、さらに春季との距離を詰めてくるのだ。


「どうしてもダメなの?」


 彼女からの誘惑が始まる。


「俺はそのつもりで付き合い始めたから」

「んー、でも、私。お菓子とか、料理とか色々出来るし。付き合ってくれたら、なんでも作れるし、付き合っている子が料理上手だったら嬉しくない?」


 阿子がグイグイと、自身のアピールをしてくるのだ。


 幼馴染が料理好きだという事はわかっている。

 けれど、それだけではどうしても踏み込めない。


 付き合う前提として、共に楽しい時間を共有できる事が一番の幸せだと思っている。

 それ以外の条件としては、自然体な形で付き合えればいいとも考えていた。

 それは阿子にも当てはまるところがある。


 阿子と一緒にいる事に関しては普通に楽しかった。

 けれども、阿子の事を恋愛的な意味で好きというわけではないのだ。

 だから、春季は正式に付き合うといった大胆な行動には移せなかった。


「春季、覚えてるかな? 昔、河川敷のところで犬と一緒に遊んだ事とか」

「ん? ああ、そういう事があったね。懐かしいね。覚えてるよ、それ」


 春季の脳裏に過去の記憶がフワッと戻ってくる。

 地元の河川敷のところで、昔、阿子と遊んでいた景色が脳内に広がっていくのだ。


「でも、中学生の頃に、犬の飼い主が見つかって」

「確かにな、そうだったよな。中学一年生ぐらいの頃か。その犬の飼い主が見つかったのって」

「そうだね。もう少し遊んでいたかったけど。今はどうしてるんだろうね」


 阿子は懐かしむように呟いていたのだ。


 昔、春季は幼馴染とずっと一緒だった。

 小学生の頃なんかは一緒に登校したり、下校したりと。その他にも、学校の行事とかでも共に過ごす事が多かったのだ。


 あの頃は、自然体な形で遊ぶことが出来ていた。

 深く考えることなどもなく、複雑な人間関係に苦しむ事もなく、ただ楽しく学校生活を送っていたと思う。


 今は小学生の頃とは全く異なるのだ。


 阿子も成長しており、昔のような接し方では駄目だと感じる。


 言いたい事があるならハッキリと言った方がいいと思うし、変に遠まわしな言い方で断らない方が思った。


「春季は、ペットとか欲しい?」

「なんで急に?」


 急な質問に、春季は目を丸くする。


「だって、春季は犬が好きそうだったじゃない」

「けど、阿子も今から飼うっていっても大変じゃない? 世話とかもあるし」

「それはそうなんだけど、春季と一緒に世話をするなら別に苦じゃないよ。どうする?」


 隣にいる彼女は、春季の事を上目遣いで見つめてきたのだ。


「んー……」


 今月から妹とプラモデルの話もあり、今後、ラノベやアニメに関する大きな出費が増えそうなのだ。

 昔、犬は好きだった。けれども、いまさら新しくペットを飼うというのは違う。

 あの時は、河川敷のところで一人寂しくいたから助けようと考え、阿子と共同で保護する事になったのだ。


 新しく購入した犬を大切に世話できるかといったら、怪しい気がする。


「やっぱり、いいよ。遠慮しておくよ」

「そっか。そうだよね……まあ、新しくペットを飼っても、あの犬とは全然違うし、愛着も湧かないよね」


 阿子は過去を振り返りながら話しているようで、遠い昔の事を見つめているような瞳を見せていたのだ。


「朝から、こんな事を話していたら暗くなるよね。話題を変えよっか」


 阿子はぎこちなくはにかんで呟く。

 阿子は春季と同じ趣味を共有し、もっと一緒の時間を過ごしたいと思っているのだろう。

 その表情などで伝わってくるのだ。

 長年の付き合いであり、彼女の気持ちも何となくわかる。


「私……春季の気持ちをもっと知りたいの。だから、あの子の事を諦めて、私と付き合うとかは?」

「やっぱり、無理だよ」

「え?」

「阿子の事もいいけど、やっぱり思ったんだ……幼馴染のような、今の関係性が丁度いいって。俺、阿子とは今後も友達として、幼馴染として関わって行きたいとは思ってる」

「じゃあ、付き合うってのは、本当に無理ってこと?」

「そ、そうなるね」


 春季は残酷な言い方をしたくはなかったが、ここでキッパリと伝えなければ、今後も阿子から、グイグイと来られると思ったからだ。


「無理なんだね。うん、わかった……そんなに言うなら、私も諦めるね」

「う、うん……」


 春季は落ち込み気味な彼女の気持ちを和らげるために、何か言葉を投げかけようと思ったが、何も伝えることができなかった。


「私、やっぱり、一人で行くね」


 阿子は一言告げると、春季の事を見ることなく、少し俯きがちにその場から駆け出す。


 阿子は振り返る事無く、春季との距離を広げていく。


 もう少し言い方やタイミングというものがあったと思うが、春季は諦めがちに大きく深呼吸をした。


 心の奥底では苦しかったが、今後のためにも、これが正解なのだと思い込む事にしたのだ。


 今の春季の心は震えていたが、深呼吸した事もあってか、少し楽になった気がした。

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