第18話 私…昔から春季くんの事が好きだったの
妹と共にした夕食後――
夜の時間になると電話が鳴る。
お風呂上り、
これはいつも通りの流れであり、春季は自室の勉強机前の椅子に腰かけ、その電話を受ける事にしたのだ。
「もしもし」
春季の方から問いかける。
『春季くん、今から電話いい?』
スマホからは麗の声が聞こえた。
彼女の声を聞くと安心が出来るのだ。
「いいよ。俺も丁度会話したかった頃だったし」
春季は彼女を安心させるような言葉で切り返す。
『いつもごめんね』
「いいよ。俺も麗さんと会話したいから。後さ、今日、俺の方もよくない事を言ってしまって」
『何が? お弁当の件かな?』
「そうだよ」
『いいよ、私、全然気にしてないから。今回は阿子さんに負けたけど、次は負けるつもりはないから』
そのセリフを耳にして、春季はホッとする。
今日、麗が作って来た弁当は美味しかった。
けれども、それ以上に
『今度は、春季くんを納得させられる弁当を作ってくるからね!』
「うん、ありがと」
『春季くんは、どんな弁当が好きなの? 阿子さんが作って来た感じの普通のお弁当かな?』
「んー、どうだろうなぁ、それもいいんだけど。そうだ! 今日、麗さんが作って来たサンドイッチが物凄く美味しかったから。色々な具材が入ったサンドイッチを食べてみたいんだけど」
春季はそれほどに、麗が作ったサンドイッチの味を忘れられず、要望してみる事にしたのだ。
『今日食べた、タマゴレタスのサンドイッチだけじゃなくて、ツナマヨとか、お肉入りとか?』
「そうそう。そういうの」
春季は、色鮮やかなサンドイッチを作っている、エプロン姿の麗の事を妄想していた。
『わかったわ。考えてみるね。すぐには作れないかもしれないし。少し後になるかも』
「え? でも、材料があればすぐに作れるとかではないの?」
『私ね、本当はそんなに料理が得意じゃないの。今日は、阿子さんもいたから見栄を張っただけっていうか』
「そ、そうなんだ。ごめん、急に色々な事を頼み込んでしまって」
今になってようやくわかった。
麗が今日の昼休み時間に口ごもっていた理由が――
『私、料理は得意じゃないけど、練習すればなんでもできるの。だから、時間が欲しいってことなの』
「そういう事なら、時間がかかってもいいよ。楽しみにしてるね」
『ありがと、春季くん』
嬉しさ混じりの言葉が、スマホ越しに春季の耳元に優しく伝わって来たのだ。
『それと……私が春季くんの事が好きなのはわかるよね?』
「うん。それは以前、聞いたから」
『春季とは話しやすいっていうのも理由の一つなんだけど。それで……春季くんは、あの子と私だったら絶対に私を選んでくれるよね?』
麗は恐る恐るといった感じの、小さな声で囁いてくる。
「それは、そのつもりだけど。どうしたの急に改まって」
『この頃、私よりも阿子さんと楽しそうに話している時があるじゃない』
「そうかな? でも、阿子とは幼馴染の関係で」
『だからね、キッパリと断ってほしいの。じゃないと私、不安だから。本当に私を選んでくれるなら、阿子さんにハッキリと言えるでしょ?』
春季からすれば気にならない事であったとしても、麗は些細な事でも気になってしまうのだ。
春季に対する麗の、その恋愛感情は、嫉妬から生じているものなのだろう。
麗が気にしているなら、幼馴染だとか関係なく、キッパリと振り切った方がいいと感じた。
阿子は納得しないと思うが、麗との良好な関係を続けるためには、それくらいの度胸が必要だと思う。
今まで、いざとなると阿子から誘惑されてばかりで全然断れていなかったが、これからは違う。
絶対に惑わされる事無く、自身の気持ちを伝えた方がいいと、改めて決意を固めるのだった。
『後、もう一つね。春季くんに伝えたいことがあって……』
スマホ越しに、麗が一呼吸ついた吐息が聞こえてきた。
『春季くんはまだ気づいていないかもしれないけど。この際だから直接言った方がいいよね』
「どんなこと?」
『私と、春季くんが出会った頃の話』
「それは、この前の文化祭とかじゃないの?」
春季は首を傾げながら、以前の出来事を振り返りながら言う。
『少し違うかも』
「え? どういうこと? でも、麗さんと関わり始めたのって、この前の文化祭からじゃないの?」
『違うよ』
「そうだったかな?」
『やっぱり、忘れてるんだね』
スマホ越しに聞こえてくる麗の声のトーンは小さかった。
『実はね、街中で出会ってるんだよ』
「それ、いつ頃の話? 去年かな?」
『んん、違うよ、もっと前』
「じゃあ……中学生ぐらいの時?」
『うん。大体、それくらいの時かも』
だとしたら、妹と一緒にラノベやアニメを楽しんでいた時期だったはずだ。
がしかし、中学の頃を振り返ったとしても、麗のような子と出会った記憶はなかった。
『春季くんは思い出せるかな? 街中で私が困っている時に助けてくれた時のこと』
「街中? 状況的に中学生の時だよね?」
『うん』
ますますわからない。
中学生の時、麗を助けた覚えなど全然ないのだ。
いくら脳内の記憶を辿ったとしても、爆乳な子と出会った過去すらも思い出せなかった。
『ある日の休日だったんだけど。私がゲームセンターからの帰りに……夕暮れくらいの時間帯かな。ゲームセンター内で変な人たちに目をつけられて、それで裏路地で脅迫されていたんだけど。その時、春季くんが助けてくれたじゃない? 覚えてない?』
「……⁉」
麗が放ったその言葉を耳にハッとした顔になり、何となく思い出せる記憶があった。
確かアレは、中学生ぐらいの時期。
ある日の休日。アニメショップからの帰りだったはずだ。
春季は元々アニメの影響で中学時代の一年間ほど格闘技を習っていた。
そういった経緯もあって、街中で困っている子を助けたいという心境になっていた時期があったのだ。
そんな時、同年代くらいの子が、街中の裏路地あたりで変な人らに囲まれているのが分かった。
だから、深く考えることなく、その子を助けるため、輩みたいな連中を追い払ったことがあったのだ。
『思い出せた感じ?』
麗が囁くように聞いてくる。
「ああ、確か、俺、君と出会っていたかも」
『私、その当時は眼鏡をつけていたし、胸もサラシのようなものを使って小さく見せていたから、春季くんもわからなかったのかも』
「そういうことか。でもさ、俺、アニメの影響で、助けた後は名を名乗らずに立ち去る事に憧れていた時期だったから。ごめん、俺の方も、その子が麗さんだとは」
今思い返せば、中二病みたいなところがあったのだと、気恥ずかしくなってくるのだった。
『いいよ。でも、そういう変な格好をつけて立ち去るのって、アニメの影響だったんだね』
「なんか、恥ずかしいけど。そういうことだよ」
『というか、春季くんって、アニメとか見るの?』
「一応ね、今は殆ど見てないけど。でも、この頃は見るようになったんだよね」
『へえ、そうなんだ』
「麗さんもアニメが好きな感じ?」
『んー、そうなんですけど……でも、世間的に言うアニメファンというわけでもなくて。普通って感じかな』
「そっか。じゃあ、今度、一緒にアニメでも見る?」
『はい! ちなみになんですけど、春季くんが好きなアニメってどんなのですかね?』
「えっとね、結構前の作品なんだけど――」
春季は電話を切ろうと思っていたりもしていたのだが、次々と麗が話題を振ってくる。
春季はいつもと同様に、麗と夜を明かす事となりそうだった。
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