第2話 まだ時間あるし、もう少し通話しない?

「はい、ケーキ」


 正面の席に座っている爆乳な西野麗にしの/うららが、フォークに刺したケーキの一部を差し出してきた。

 それを春季の口元へと運んでくるのだ。


 春季の視線は、その爆乳へと一瞬だけ向かっていた。

 爆乳がテーブルの上に乗っかっている状況なのだ。


 気にしないという方が難しい。


「食べて♡」


 そんな中、麗が問いかけてきたのだ。


「お、俺一人でも食べられるんだけど」


 喜多方春季きたかた/しゅんきは、ハッとし、その爆乳から視線を逸らす。

 麗の顔を見ながら一度は拒否する。


「そんなこと言わないで。今日から付き合うことになったんだし」


 麗はどうしても食べさせたいらしい。


「わかったよ。食べるよ」


 春季は、彼女のケーキを口に含んだ。

 それから咀嚼する。

 口内にケーキの味が広がっていく。


 今食べているのはブルーベリーのチーズケーキである。

 ケーキの土台となっているところにはクッキーが敷かれ、その上の外観は薄紫色といった具合に構成されているのだ。

 一番上のところには、熟されたブルーベリーの果実が添えられたケーキ。


 春季もたまにはケーキを食べるものの、そこまで大きな拘りはない。

 普段はチョコレートのケーキしか食べない事もあってか、麗が注文していたブルーベリーのチーズケーキには感銘を受けていたのだ。


「どうだった?」

「普通に美味しいよ!」

「そうでしょ。ここのケーキは特別美味しいの。喜多方くんにも食べさせたくて」


 麗はフォークを手にしたまま、嬉しそうな笑みを浮かべていた。


「これは確かに、他人にお勧めしたくなる味だね」


 春季は味を噛みしめながら言う。


「そうでしょ。もう一口食べてみる?」


 彼女は再び、そのチーズケーキの一部をフォークで刺し、それを春季の前に見せつけてきたのだ。


 春季は彼女から食べさせてもらっていた。


 麗と一緒に放課後を過ごせているだけでも楽しいのだが、恋人らしくあーんして貰えると、なおさら幸せだと感じるのだ。


「喜多方くんのも食べてみたいんだけどいい?」

「俺のは普通のチョコレートケーキだけどいいの?」

「うん、いいよ。私にもやってみて」

「え、もしかして、西野さんがやったみたいに?」

「そうだよ」


 麗は口を開けていた。


 春季は緊張しながらも、自身のフォークでチョコレートケーキの一部を取り上げ、それを待ち望んでいる彼女の口元へと向かわせるのだ。


 それを食べた麗は幸せそうな笑みを零していた。

 そんな彼女の姿を見れて、春季も喜びを感じられていたのだ。




 今日は楽しかったな。


 春季は、喫茶店で過ごした余韻に浸りながら自宅に到着するなり、笑顔でただいまと告げた。


 リビングに入ると、ソファに座ってスマホを弄っていた、高校一年生の妹からお帰りと言われたのだ。

 春季は、その一時間後には妹のひよりと一緒に夕食を済ませ、一人でお風呂に入る。


 湯船から上がった春季は濡れた体をバスタオルで拭き、パジャマに着替えたのち、ドライヤーでまだ濡れている髪を乾かしていた。


「……お兄ちゃん、何か、いつもと違うような気がするけど……」

「え? どうした、ひより」


 ツーサイドアップな髪形のひよりは、脱衣所の空いた扉から覗き込んでいたのだ。


「この前までのお兄ちゃんはドライヤーを使っていなかったはずだよ。それにパジャマなんて」

「そ、そうかな?」

「もしや、いい事でもあった感じ?」


 妹はジト目で、春季の事を見つめていた。

 妹のひよりとは、この頃あまり会話していない。

 まったくではないが、ひよりが中学三年生のあたりから頻繁に会話をしなくなったのだ。


 昔は普通に会話する仲だったのだが、今日久しぶりに会話して、ちょっと嬉しがっている春季がいた。


「そんなに気になる感じか?」


 春季は妹に対し、若干テンションを上げながら言う。


「べ、別にそうじゃないけど。気になると言ったら気になるかも」


 ひよりは、優柔不断な発言をしていた。


「でも、やっぱ、気にならないかも。というか、次入るから早く出て」

「ごめん、後一分」

「早くね」

「わかった」


 春季の髪はまだ乾いてはいなかったが、その途中で終わらせ、ドライヤーの電源を切った後で、妹のひよりと交代するかのように脱衣所を後にするのだった。




「はあぁ、明日も楽しみだな。学校」


 今日までは学校に行くのも億劫になっていたのだが、麗から告白されてからというもの、人生の見方が一変したかのように楽しくなっていたのだ。


 春季は自室のベッドで横になり、スマホを弄っていた。


「……西野さんは何してんだろ……」


 春季は少しの睡魔に襲われながらも、ベッドで仰向けになったままスマホを弄る。

 連絡交換用アプリを起動し、麗のアカウントを確認しにいく。


 すると、今日あった出来事を日記として投稿していた。


 麗は、裏路地の喫茶店のブルーベリーのチーズケーキが美味しかったとか。初めて出来た恋人と一緒に過ごしたとか。色々な内容を投稿していたのだ。


 恋人だと思われていると、春季も嬉しくなる。


 春季は、麗が投稿している以前の内容を何となく閲覧していると、突然、スマホの画面が切り替わり、電話モードになっていた。


 春季は上体を起こし、ベッドの端に座る。


「え、電話?」


 画面上には西野麗の名前が表示されており、春季は通話ボタンを押す。

 春季は耳元にスマホを当てた。


「もしもし……」


 春季は恐る恐る問いかけてみる。


『もしもし……喜多方くん……?』

「西野さん?」

『聞こえてるのね?』

「うん、聞こえてるよ」

『ねえ、今から少しでもいいからお話をしない?』


 自宅でも彼女と会話できるなんて夢みたいなシチュエーションだった。

 春季は迷うことなく、承諾する事にしたのだ。


『喜多方くん』

「なに?」

『なんでもないよ』

「え?」

『何となく言ってみたかっただけ。そうだ、付き合ってるし、下の名前で呼び合わない?』

「そうだね。その方がいいかもね」


 春季も彼女の意見には同意するように頷いた。


『春季くん……なんか、ちょっと恥ずかしいね。意識してしまうっていうか。今度は春季くんの番ね』

「麗さん……」

『……』

「……」


 あれ?

 全然返答がなくなったんだけど。

 もしかして、俺の発言がよくなかった?


 春季は耳からスマホを離し、画面を見る。

 それから――


「もしもし……ごめん、なんかあったの?」

『んん、なんでもないよ。ただ何かを話してくれると思って、私、無言でいたんだけど』

「そういうことか。まあ、表情が見えない状況だと、会話の間合いが難しいよね」

『そうだよね。私も同じだよ。でも、顔が見えなくても声だけで通話できるって、何か凄いよね』

「そうかも。普段は顔を見て話しているから新鮮っていうか」


 互いに同じ気持ちになり、話に華を咲かせていたのだ。


「そういえば、麗さん。明日も学校だけど、どうする? もう少し話す?」

『うん、まだ十時前だよ。一時間くらいは話さない?』

「一時間も? まあ、大丈夫か……」


 現在使っている連絡交換アプリは、同じ地域同士での通話は無料という事になっている。だから、何時間通話してもOKな仕様なのだ。

 ただ、六時間以上通話すると強制的に通話が切れる設定になっており、さすがにそこまでやり取りする人はいないだろう。


『春季くん? 私ね。春季くんの事、もっといっぱい知りたいし、色々なお話をしたいから。春季くんの方からも話題を振ってもいいからね♡』


 麗がスマホ越しに、耳元で囁くように甘い声で告げてきたのだ。


 そんな彼女からの誘惑があり、先ほどまで薄っすらと感じていた眠気がどこかに吹き飛んでしまったのである。


 頭が冴えてしまった春季は、スマホ越しに色々な話をし始めたのだった。

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