第3話 麗さんは、朝から元気らしい
「……もう朝か……」
まだ眠く、体が怠く感じていた。
けれども、起きなければ遅刻してしまうのは目に見えている。
「……そろそろ、起きるか」
春季が自室のベッドから上体を起こすと、手元にはスマホがあった。
「……そういえば、ずっと電話してたんだな。何時まで電話していたんだっけ?」
春季はあくびをしながら、スマホの画面を確認する。
「……え? もう七時半⁉ 早く準備しないと、本気で遅刻するじゃん!」
春季はパジャマ姿のまま、スマホを片手に自室を後に近くの階段を駆け下りた。
「あー、いつもはこんなに遅くないのに」
自宅の一階に到着した春季はリビングに入る。
すると、春季が通っている同じ学校指定の制服に着替え終えていた妹のひよりがいた。
妹は通学用のバッグを手にしており、いつでも学校に登校できる状態になっていたのだ。
「お兄ちゃん、遅いよ」
「それはわかってるよ。ひよりはもう食べたのか?」
「食べたけど」
「そ、そっか。俺も早く済ませないといけなくて」
「早く済ませたいなら、キッチンの方に昨日の残り物があるから、それでも食べれば」
妹のひよりは、キッチンの方を指さしていた。
「ありがと」
「私、もう学校行くから」
冷静な話し方で、妹は自宅玄関の方へと向かって行くのだった。
「まだ残ってるな。ご飯と一緒に食べるか」
キッチンの方へ向かうと、おかずの方は、さすがになくなっていたが、豚汁とご飯だけはあった。
いつもならば、六時半くらいに起床し、余裕を持って食事を済ませて自宅を後にする。
がしかし、今日はそんな余裕などはなく、トレーの上にご飯と豚汁、それぞれが入った茶碗をおいてリビングまで向かう。
ダイニングテーブルにトレーをおいて、スマホの時間を気にしながら、おかず無しの状態で、ご飯と豚汁を食す。
五分ほどで朝食を済ませると、歯磨きと顔洗いをし、パジャマ姿から学校指定の制服へと着替える。
春季は急いで自宅を後に、学校まで繋がっている通学路を駆け足で移動するのだ。
ま、間に合うか?
駆け足であれば、多分大丈夫だと思う。
後は、信号機から通せん坊されなければ問題はないはずだ。
ああ、なんで、夜遅くまで電話してたんだろ。
昨日から付き合い始めた麗との通話が楽しかったのだ。
その影響もあって、気が付けば夜中の三時ごろになっていた。
いつも通り、六時半くらいには起きられると思っていたのだが、実際は七時半という絶望的な時間。
というか、青信号が赤信号に変わるじゃんか!
春季は色が変わる瞬間にその場から走り出し、ギリギリのところで渡り切る。
この場所に設置された信号機はやけに変わるのが遅いのだ。
こんなところで足止めを食らっていたら、完全に遅刻していただろう。
はあぁ……大丈夫みたいだな。
春季は横断歩道を渡り切ってからスマホ画面を見やる。
八時一〇分であり、現在地から普通に歩いても間に合う距離感だ。
春季は胸を撫で下ろし、その場から歩き始める。
「春季くん!」
その途中で
麗の声を聞いてすぐに気づいた春季は、ハッとして視線を彼女の方へ向かわせた。
「おはよう、麗さん」
「おはよう」
麗は春季の近くまで辿り着くなり、再び挨拶をしてくれる。
「春季くんも今から登校なの?」
「そうなんだよね。でも、いつもはもっと早くに登校してるんだけど」
「そうだよね。普段は通学路で会わないしね」
二人は横に並んで歩き始める。
「……そういえば、麗さんは眠くないの?」
「私は全然、いつもと変わらない感じ」
「へ、へえ、そうなんだ」
意外とショートスリーパー的な感じなのだろうか。
春季もショートスリ―パー的な特性があったら良かったなと思いながら、重い瞼を擦っていた。
「さっき物凄く走っていたから、もしかしてだけど、寝坊しちゃった感じ?」
「そうなんだよね」
「昨日はいっぱいお話をしちゃったものね」
「そ、そうだね……」
春季は彼女に見られない方角を向いて、あくびをしていた。
「眠い感じかな?」
隣を歩いている麗が、春季の顔を覗き込んでくる。
「そうなんだよね、いつもは日付が変わる前に寝たりするから」
「結構早く休むタイプなんだね」
「俺はね。他の人はもう少し夜遅くに寝てるかもしれないけど。俺は六時間くらい休まないと疲れが取れなくて」
「そっか。じゃあ、次から時間を決めてお話をしないとね」
隣を歩いている彼女は、考え込みながら会話していた。
「それがいいかもね。せめて、夜中の一時までかな。それくらいなら十分な休息を取れるし」
「だったら、時間設定をしておく?」
「連絡交換アプリの?」
「そうそう。設定した時間になったら、自動的に通話が切れるの」
麗は春季の隣を歩きながらスマホを弄り始める。
「何時間くらいにする?」
「んー、そうだな。頑張っても三時間くらい?」
「三時間ね。という事は、夜の一〇時から夜中の十三時ってことだね」
麗はアプリの設定のところを画面越しにタップしながら調整していた。
設定せずとも六時間で通話が切れる事になっているが、手動で時間設定も出来る。
ただし、六時間以内という制約はあるのだ。
「はい、これ、設定したよ」
麗はスマホ画面を見せてきた。
最大で三時間という設定に切り替わっていたのだ。
片方のアプリの設定さえ変更しておけば、短い時間設定の方が適用され、時間になると切断される仕組みになっている。
「ありがと。これで、明日からは今日みたいに忙しく仕度をせずに済むよ」
やり取りを終えると、麗はスマホを通学用のバッグにしまう。
「そうだ! 春季くんは今日の放課後って空いてる?」
「まあ、一応は」
特に大きな予定などもなかったはずだ。
はずというか、そこまで他人との交流関係も広くない事から、時間には余裕がある。
「じゃあ、今日も一緒にお菓子巡りをしない? 私、また新しいところを見つけて。そこに行きたいなぁって。いいでしょ」
「麗さんが行きたいなら、俺も行くよ」
「それで決まりね。今日も新しい予定が出来て良かったって感じ」
麗はワクワクした表情を浮かべながら、先ほどよりも歩き方が軽快になっていた。
「春季くんも早く」
彼女は早く学校に行きたいらしいが、春季はまだ眠気が取れず少々体が重く感じていた。
が、麗の笑顔を見て、少しだけ心が楽になる。
春季は眠そうな顔のぽっぺを右手で引っ張り、頑張って元気づけ、麗の歩くスピードに合わせ始めるのだった。
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