先輩は振り向かない
夕緋
先輩は振り向かない
心のどこかに、この式をぶち壊してやりたいという気持ちがあるか、と聞かれたら悩ましいところだった。でも、『式をぶち壊したらその後の関係が壊れるから』とか『これだけの人が集まっている前でそんな派手なやらかし方は出来ない』とか、そういう”社会性”のようなものを除いてしまったら、俺はこの式をぶち壊していたかもしれない。
先輩の晴れ姿を、嫌味なくらい綺麗な結婚式を。
何がどうして俺は先輩のキスシーンなんか見ないといけないのか。
それは俺が結婚式の招待状の「ご出席」のところに丸を付けてしまったからだが、そういうことを言いたいんじゃない。
どうして先輩は俺を結婚式に招待してしまったのか、と言いたいのだ。
分かりきっているじゃないか。俺が先輩に惚れていることくらい。それとも、分からなかったとでも言うのか。あんなに慕って、一緒に遊んだりもして、それなりに楽しい時間を過ごしていたのに。
……分からなかったと、言うんだろうな。
一方的に慕っていて、一緒に遊ぶ時には今日の花婿も当然のようにいて、俺といる時は”それなり”程度の楽しい時間しか過ごせていなかったんだから。
俺は分かっていたのに。
先輩は、俺に対して何とも思ってないって。
そんな先輩に告白出来なかったのは、社会性のせいなのか、ただ単に俺が奥手で勇気がなかっただけなのだろうか。先輩からの招待を断って、「好きな人が幸せになる姿を祝福できるほど優しくないので」とか言えたら良かったんだろうか。……そんなの、先輩も傷つくし、俺だってスッキリしない。
じゃあ、ここでフラワーシャワーのために先輩を待っている時間が正しいのか。
……正しいことにしよう。
俺が告ったところで先輩が傷つくかどうかは分からないけど、それでも傷つくということにしよう。俺は先輩の心を守っている。先輩の挙式を滞りなく進めている。なんだ、俺、めっちゃ良い奴じゃん。
純白に身を包んだ新郎新婦が出て来る。そこへカラフルな花びらが舞い踊る。「おめでとう!」と言葉が飛び交う。先輩は満面の笑みだ。心から幸せそうだ。
「おめでとうございます」
俺も出席者に倣って花びらを空へ放る。
「後輩くん、泣いてるの?」
先輩は笑いながら俺にそう言った。慌てて目のあたりを拭うと、確かに水滴がついた。
「……人の結婚式ってこんなに感動的なんですね」
言いながら心の深い所に傷がついたのが分かった。
「そんなに祝福してくれてありがとね」
先輩はそう言って花びらが舞い踊る中に戻っていく。
泣くのは、我慢しろ。今は感傷に浸る時間じゃない。家に帰ったら目一杯喚けばいい。罵詈雑言でもなんでも吐き出せばいい。そうだ、先輩を傷つけないように配慮できる俺、めっちゃ良い奴。
めっちゃ良い奴、なのに。
「どうして選んでくれなかったんですか……!」
押し殺した声は祝福の中に埋もれていく。
先輩は振り向かない 夕緋 @yuhi_333
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