第6話 リーナとベアトリス

「魔法!…させない!」

リーナの足元に展開された魔法陣を見た瞬間、

ベアトリスは魔法の発動を潰そうと攻撃を仕掛けた。


手加減のない、全力の刺突がリーナの胸を直撃する…

かのように見えたが、ベアトリスの剣はリーナの体に触れることはなかった。

僅かに半歩、リーナの体がスライドしたかのような異様な移動。

ベアトリスは不気味な違和感に飛び退きリーナから距離を取った。


「…なんですか?今の動きは…」

「なんでしょうね?」リーナは悪戯っぽく微笑んで答える。


離れて観戦している教官や訓練生たちには分からない僅かな動きだったが、至近距離で対峙していたベアトリスにはその理解出来ない動きが脅威に写った。

「…こんなに攻撃が当たらない相手は初めてです…」ベアトリスは距離を取りながら構えを整えた。


「エレナ。今のベアトリス様の突き…どうやってリーナは躱してんだろう?」

「よく、分からなかったけど、何をしたかは多分わかる」カイルの呟きのような問いに答えるエレナ。

「何をって、魔法を使ったのは俺も分かる」カイルはリーナを見つめたまま、返した。

「何の魔法を使ったか分かるってことなんだけど?」

エレナもリーナの戦局を見つめながら、カイルに嫌味のような口調で返した。


魔法を使ったのは分かる。

しかし、どんな効果の魔法なのかグリマスにも理解出来なかった。

単純な強化魔法とは違うようだ。動きを早めるのとは違うように見える。

彼女のオリジナルだろうか?だとしたら、その特性を見抜けないと苦戦は必至だ。


自分から離れた場所で観戦しているリーナ嬢の従者と腰巾着が「何の魔法か分かる」などと話している声が聞こえた。


グリマスはそちらを一瞥し、再び視線を模擬戦へと戻す。聞き耳を立てるのは性に合わん。

いずれにせよベアトリスが一撃リードしている。

リーナ嬢は今のところ受けの一手。

「受けているだけではな…そろそろ攻めなくては」


ベアトリスはリーナの動きに警戒心を露わにし、迂闊に攻められなくなっていた。リーナもベアトリスの独特な構えに戸惑っていたが、ベアトリスの動きが止まったことを勝機とばかりに初めて自分から間合いを詰めた。


「こんどはこちらの番よ!」リーナの動きは早かった。

しかし、ベアトリスには想定内のスピードだった。日頃からグリマスと剣の稽古をしている彼女にとってはグリマスより見劣りするリーナの踏み込みを簡単に見極められるはずだった。


「早い…けど、グリマス様ほどではない…!」

左からの薙ぎ払い。隙もある。バックステップして躱したら反撃する!

一瞬でそう判断したベアトリスはその場から飛び退きリーナの薙ぎ払いの剣を避けた。はずだった。


ガァン!「ぐっ!」避けたはずのリーナの薙ぎ払いはベアトリスの腹部の鎧に直撃していた。


リーナは止まらない。そこから剣を振り上げ上段から剣を打ち下ろす。ベアトリスは腹部の痛みを堪えサイドステップで打ち下ろしを躱す。今度こそ打ち下ろしの剣を躱されリーナに隙が出来るはずだった。


その隙をついて反撃…


そんなベアトリスの目論見は一瞬で崩れる。サイドステップでリーナの右側面に回り込んだベアトリスのさらに右側へとリーナが回り込んでいたのだ。

しかもすでに攻撃体制にある!


大振りな薙ぎ払い。普通なら当たるはずがない攻撃。

しかし、予想外のリーナの動きに反応出来なかったベアトリスはそのままリーナの大振りの攻撃を右腕で受け止めてしまう。


ガガンッ!右腕の防具に木剣が直撃して派手な音が響く。ベアトリスは勢いに押されバランスを崩し膝をついた。


「はぁはぁ…腕への攻撃は当たったことになるのかしら…?」腕への攻撃が命中と判定されるのかどうか?

リーナは教官へ目を向け様子を伺う。


主任教官オルンは頷き、宣言した。

「腕への打撃も有効打だ。」


リーナは安堵の表情を浮かべ、ベアトリスは表情を僅かに曇らせた。


「これで2対1。リーナ様のリード…もう決まりかしら?」エレナは自分ごとのようにドヤ顔をしていた。

「ほんとか?勝負は終わるまで分からないんじゃないのか?」

「あんたリーナ様が負けるって言う気?」慎重なカイルの発言にエレナが噛み付く。

「そ、そんなつもりじゃないよ…でもさ…」カイルはエレナの勢いに押され後ずさっていた。


グリマスの目にもベアトリスの劣勢が感じられていた。

「どうも間合いを狂わせる魔法のようだな…」グリマスは低く呟いた。

「ベアトリスの見切りは正確だ。だからこそ僅かな間合いのズレが大きく影響する…」グリマスは今の二人の攻防からリーナの魔法の効果を見抜いていた。


それは彼の洞察力の高さを物語っていた。

「…さあ、どうするベアトリス?」


間合いを狂わせられている…。あの魔法の効果だろう。

さすがにベアトリスもリーナの動きの理由に目星をつけていた。


どうする?どう対処したらいい?考えが纏まる間も無くリーナの追撃が迫る。

この距離、この踏み込み、僅かなバックステップで避けられる…それをもっと大きく、大げさなくらいベアトリスは後方に飛び退いた。


それほどの回避運動でギリギリ躱すことが出来た。


「…躱せた…」ベアトリスは僅かな期間にリーナの魔法の効果に対応しつつあった。

攻撃を躱されたリーナは不安を覚えていた。


まさかベアトリス…こんなに早く対応してくるの?

魔法の効果には限りがある。効果が切れる前に決着をつけたいのに…!

逃げに徹しつつあるベアトリスに苛立ちを覚えたリーナは焦るあまり、不用意に接近してしまう。

その動きを読まれていたのか?ステップを多用して回避していたベアトリスがこの瞬間、リーナの刺突に対し上体を逸らして躱すと同時にカウンターの刺突を繰り出した。


ガンッ!「うっ!」ベアトリスの刺突がリーナのヘルメットを揺らした。

「これで同点」ベアトリスが静かに呟いた。


ゲシッ。「痛っ!」唐突な足の痛みにカイルは隣を振り返った。エレナが険悪な表情で睨んで来る。

足の痛みはエレナが蹴りのせいだった。

「い、痛いだろ、なにすんだよエレナ」エレナの睨みに怯えながらカイルは問いかける。

「あんたが余計なこと言うから同点になったじゃない。リーナ様が負けたらどうしてくれんのよ?」

「そんなこと言われても…まだ同点だろ?」カイルは困惑しながらも反論した。

エレナは口を尖らせる。「あんたはどっちの味方なのよ!」「リーナに決まってるだろ!」

エレナの問いに被せ気味にカイルは答えた。

「…なら、よし」と言いつつエレナはジト目でカイルを睨むのだった。


上手くカウンターを合わせられた…。

ベアトリス…すごい人。魔法がなければ絶対勝てないわ。そんな人を相手に、もう魔法の効果が切れる。

効果が切れなくても彼女は魔法の効果に対応して来てる。

どうしたらいい?

リーナはベアトリスの動きに警戒しながら体制を整えた。ベアトリスも半身の構えをとってリーナを牽制する。


「次で決まる…か。」グリマスは一人呟く。

「リーナ様…がんばって」エレナは険しい目でリーナを見つめる。

オリバーもサミュエルもアリスも、その他の訓練生、

教官たちでさえ模擬戦の最終局面に釘付けとなっていた。


カイルはこんなに凄い模擬戦を展開している二人に感動していた。

ベアトリスの独特な構えから繰り出される刺突。

魔法を駆使して戦うリーナ。

二人とも凄い。グリマスも凄かった。

こんなに凄い人たちと一緒に訓練していけることが嬉しかった。

でも、リーナが勝ったらもっと嬉しいな。


そんなカイルの思いがリーナに届いたのか、定かではないが、リーナの足元に再び青白い光と共に魔法陣が浮かび上がった。


「また魔法だ!」「こんどはどんな魔法なんだ?」

観戦する訓練生たちがざわつく。

「間合いを狂わせる魔法はもう効きませんよ?」ベアトリスはリーナから視線を逸らさず、冷静に呟いた。


「……」リーナは無言でベアトリスを見据えると、次の瞬間一気に間合いを詰めた。


このステップ。体重移動。剣の軌道…。

さっきカウンターを取った時と同じ動き。

ベアトリスは瞬時にリーナの動きを読んだ。

この突きを半身で躱して、その勢いでカウンターの突きを繰り出す!

さっきと全く同じことを再現するリーナの意図が理解出来なかったが、ベアトリスは同じようにリーナの突きを躱しカウンターの突きをリーナのヘルメットへと突き立てた。


「なっ…」ベアトリスは目を見開き驚愕の表情を見せた。

全く同じ動きを再現したはずなのに、ベアトリスの剣はリーナに届かなかった。

気づいた時には躱したはずのリーナの剣が振り上げられ

肩口に食い込んでいた。


「勝者!リーナ・セレスタ・リバン!」主任教官オルンの声がホールに響き渡った。


歓声を上げる訓練生たちを背にリーナは肩口の痛みを耐えているベアトリスの元に歩み寄った。

気づいたベアトリスがリーナを見上げると、リーナはしゃがみ込んでベアトリスの肩に手を乗せる。


「なにを…」ベアトリスが口を開いた瞬間、肩に触れたリーナの手から温かな光が漏れ、肩の痛みが和らいで行った。

「ベアトリス様、凄く強いですね。魔法を使わなければ勝てませんでした」リーナはニッコリ微笑んだ。

「魔法を含めてリーナ様の実力ですよ」ベアトリスは、そんなリーナを見つめ冷静な顔で答えた。


「一つ教えてください。」


「最後の魔法…あれはなんだったんですか?」

ベアトリスは敗因を確かめようとリーナに問いかけた。

「あれは、ただのスタミナ回復魔法よ」リーナは舌を出して笑った。


「えっ…?」ベアトリスは目を見開いた。「そんなに単純な魔法で…」

「そう、だけどあなたの注意を引くには十分だったみたいね」リーナは微笑みながら立ち上がった。


「あなたはエーテリアルグライド…間合いを狂わす魔法に対応して来たから。もう一度魔法を使えばエーテリアルグライドだと勘違いすると思ったの。」

ベアトリスも立ち上がり、リーナの言葉に耳を傾ける。

「そうしたらあなたは魔法の効果に合わせた動きをすると思ったわ。そしてその通りに動いてくれた。」

「リーナ様が魔法の効果でもっと前に踏み込んで来ると読んだけど、本当は魔法の効果がなくて普通の踏み込みだったんですね」

「だからわたしのカウンターが届かなかった」

理解したベアトリスにリーナは頷いた。


「その通りよ。あなたがあまりにも見事に対応してくるから、少し戦術を変えなきゃいけなかったわ」リーナは微笑みながらベアトリスへと手を差し出した。


ベアトリスはリーナの手を取り、真剣な表情で言った。「リーナ様、あなたの戦術と魔法の使い方には本当に感服しました。次回はもっと強くなって挑みます。」


リーナはその手をしっかりと握り返し、真摯な目でベアトリスを見つめた。

「私ももっと強くなるわ。これからもお互いに切磋琢磨しましょう。」


「リーナ様!」「リーナ!」リーナは自分を呼ぶ声に振り返った。

「リーナ様!リーナ様!リーナ様ぁ!」エレナが顔をくしゃくしゃにして叫びながら飛びついて来た。


ガシャンッ!「あうっ!」


…身の危険を感じたリーナは思わずエレナの突進を躱す。リーナの脇をかすめたエレナはホールのフロアにダイブし倒れ込んだ。

そしてリーナは模擬戦の疲労と、エレナの突進を躱したはずみで足がもつれバランスを崩してしまう。

そんなリーナを、カイルが抱きとめた。


「お疲れ様、リーナ」カイルは腕のなかのリーナに囁く。リーナは、カイルの顔を見上げると微笑みながら答えた。

「わたし、頑張ったよ。カイル」


二人の世界はほんの僅かで、次の瞬間にはほかの訓練生たちに囲まれていた。

「リーナ様素晴らしい戦いでした!」「凄かったです!」口々にリーナを賞賛する訓練生たち。


そんな訓練生たちを見つめる教官たちも険しさが消え柔和な表情を浮かべていた。


「リーナ様の判断力は期待させられますね」

「ロドリック、リーナ様には何がなんでも成長してもらわなければならない」ロドリックの言葉にオルンが答える。

「あの方はリバンの未来の領主候補なのだから」

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