第5話 模擬戦は続く
「来るな来るな来るなーー!!」
アリスは必死に矢を放つが全く当たらない。
相手の動きはそれほど速いように見えないのにギリギリで躱されてしまう。
「どうせわたしの弓はエレナ様ほど正確じゃないわよ!」半ばヤケクソになって矢を放つが、正確性も連射速度もエレナには及ばなかった。
フレデリックは軌道が見え見えの射撃を苦労なく回避しながらゆっくりとアリスに近づいていく。
木剣では遠い間合いだったが、彼の武器、槍なら十分な間合いまで来ると馬鹿の一つ覚えのように矢を番えるアリスの弓を弾き飛ばした。
「きゃあ!」
アリスは驚きの声を上げながら後ずさる。
「どうして…全然当たらないの…」彼女は恐怖と絶望で震えながらも、腰に装備していた予備の木剣を抜き、構える。
バキッ「あうっ!」
それすらも一撃で弾き飛ばされアリスはその場で尻餅をついた。
「アリス、もう無理しないで…」観戦していたリーナが心配そうに呟く。
「アリスがフレデリック様に敵うはずない…」当然の結果だと言わんばかりにオリバーはメガネを指で押し上げた。
「教官殿、この状態でも攻撃を当てる必要がありますか?」フレデリックはアリスに槍を向けながら問いかけた。
模擬戦を観戦していた主任教官オルンは手を上げる。
「そこまでだ。勝者フレデリック!」
フレデリックは槍を収めると尻餅をついたままのアリスに手を差し伸べた。
「アリス殿、お怪我はありませんか?」
アリスは恐る恐る、差し出された手を取り立ち上がる。
「…あ、ありがとうございます…」
「あなたの弓術は安定していないですが、見込みはありますよ。頑張って訓練すれば必ず上達します」
フレデリックは模擬戦時から打って変わって柔和な表情でアリスに微笑みかけた。
「アリス!大丈夫?」トボトボと戻ってくるアリスにリーナとエレナが駆け寄った。
オリバーもカイルも心配そうにアリスの様子を伺う。
もう一つの対戦。サミュエルの模擬戦よりアリスの方が心配だった。
「リーナ様…エレナ様…大丈夫じゃないかも…です」
アリスは赤い顔をして呟いた。
「え?どこか怪我した?見せて。回復魔法をかけるわ」
リーナが慌てて傷を探す。
「いえ、そうじゃなくて…フレデリック様が素敵すぎるんです…」リーナとエレナは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに顔を見合わせて微笑んだ。
「確かに。あれは女の扱いに慣れてそうだから」エレナは納得顔でうなづいた。
「そうね、素敵な方には違いないわ」リーナの言葉にカイルは複雑な思いを感じていた。
平民同士の対戦となったサミュエルは勝利を納め意気揚々と戻ってきた。
「カイル!オリバー!見てくれた?僕の模擬戦!」
「あ、ごめん見てない」カイルもオリバー口を揃える。
ショックを受けたサミュエルはエイダンを探す。
エイダンは、教官席の近くでサラ副教官を覗き見していた。
アリスも、リーナ様、エレナ様と一緒に談笑している。
サミュエルは勝ったのになんだか寂しくなってしまうのだった。
「さて、次はフレデリック様の主人との対戦ですね。行ってきますよ」オリバーはヘルメットを被り直すとホールの中央へと歩を進めた。
「オリバー、頑張れよ!」「相手は貴族様だ。気をつけろ!」カイルもサミュエルもオリバーに声を掛ける。
エイダンは相変わらずサラ副教官のボディラインのチェックに夢中だった。
オリバーが位置に着くと、向こう側から対戦相手が歩み寄ってくる。
「平民めが!アーデルハイト子爵家のレオポルド様が相手になってやる!感謝しろ!」
中央まで進み出たレオポルド・フォン・アーデルハイトはオリバーを見据えて言い放った。
装備は当然ながら通常の訓練用防具。武器も通常の木剣。
オリバーは装備の条件は同じ…当然か。と思いを巡らせた。
「それにしても、噂通り従者と違って品のない主人だ…」そう呟くと、早々に木剣を構え「胸をお借りいたします」と謙虚な言葉を告げた。
レオポルドは鼻で笑いながら、「まあ、せいぜい楽しませてもらおうか。」と嘲笑を浮かべる。
「始め!」副教官のロドリックが模擬戦の開始を宣言すると同時にレオポルドは力強く前進し、豪快な一撃を繰り出した。
オリバーは冷静にその一撃を受け流しながら、相手の動きを観察する。
レオポルドの攻撃は力任せで荒削りだったが、その反面、力強さは圧倒的だった。
「さすが子爵家の次男、その力は馬鹿にできないな。」オリバーは心の中でつぶやきながら、相手の動きを読んでいく。
「どうした平民!恐れを成したか?」レオポルドはさらに攻撃を加え、オリバーを圧倒しようとする。
その攻撃を受け止めながらオリバーは考える。
「荒削りな分、勝機はありそうだ。が…こういうタイプは下手すると恨みを買う恐れがある」
そうこうしている内にレオポルドの剣撃がオリバーを捉えた。
「一撃目だ!」勝ち誇ったようにレオポルドが叫ぶ。
「オリバー距離を取れ!」カイルはオリバーに向かって叫んだ。
オリバーは胸に受けた剣撃の衝撃に耐えると立ち上がって木剣を構え直す。
「お願いします」オリバーはレオポルドを見据えた。
「いい覚悟だ。平民。」レオポルドは再びオリバーとの間を詰める。
一撃一撃が重く、受ける木剣もそれを握る腕にも激しい負荷が掛かる。本来ならグリマス様のように受け流すべきだが…ここは敢えて流さない。
ガンッ!
レオポルドの一撃にオリバーの木剣が弾き飛ばされる。
「オリバー!」カイルとサミュエルがオリバーの名を叫ぶ。
「…受け続けるのは厳しいようね」エレナは眉をひそめた。
「そうね。あの攻撃は重い…受けに回ると危険だわ。」リーナは冷静に分析しながらも、心配そうにオリバーを見つめた。
オリバーはレオポルドから目を逸らさず、手に残った感触を頼りに木剣を拾い上げる。
「諦めないのは良いが、これで終わりだ!」レオポルドは体制を整えきれていないオリバーに追撃の剣撃を放った。
「オ、オリバーお疲れ…」
特に表情が変わることなくいつも通りの足取りでオリバーが戻ってきた。
カイルたちはそんなオリバーを迎え入れるが、ストレート負けしたオリバーになんて言ったらいいのか考えあぐねていた。
そんなオリバーにエレナが口を開く。
「オリバー。あんたワザと負けたでしょう?」
オリバーは、カイルたちもだが驚いた表情でエレナを見た。
「とんでもないですよ、エレナ様」オリバーはメガネを指で押し上げながら答えた。
「レオポルド様が強かった。それだけです。」
エレナは腕を組んだままオリバーを見据えるが、「…ま、あんたがそう言うならそれでいいわ」とため息混じりに呟いた。
「でも、あんたもリバンの訓練生ならどんな理由があろうとも全力を尽くさなければいけないわ」
「…肝に銘じておきます」オリバーはそう答えると水分補給をしにその場を離れるのだった。
「エレナ…今のこと本当か?」カイルは、エレナの言葉の真意を確かめたかったようだ。
「さあ?オリバーが違うって言ってるんだからわたしの勘違いなんじゃない?」エレナはそう言って肩をすくめた。
「それより、次はリーナ様よ」エレナはホール中央に立つ主人へと振り返った。
カイルもリーナの姿へと目を向ける。
「リーナ…頑張れ」カイルは自分の時以上の緊張を感じながら、リーナを見つめるのだった。
「それでは今日の模擬戦、最終戦を行う!リーナ・セレスタ・リバンとベアトリス・ウォーカー前へ!」
名を呼ばれた二人の少女は共に同じ訓練用防具を身に纏い、ホール中央へ歩み出た。
武器も同じ訓練用の木剣。所詮、訓練用の武器。多くの選択肢はない。
リーナにとってはベストな剣の重さより訓練用の木剣は少々重かった。
でも、それは向こうも同じ条件だ。
向かい合って立つ二人の少女。リーナはヘルメットの奥からベアトリスを見据えた。黒髪の少女、ベアトリスの瞳はヘルメットの奥で鋭く輝いているようだった。
「初め!」副教官ロドリックの号令が模擬戦開始を告げると同時に二人は剣を構えた。
「それは…」リーナはベアトリスの構えを見て少し驚きの表情を見せた。
観戦していた訓練生たちもざわついている。
オーソドックスな両手で剣を握るリーナの構えに対し、
ベアトリスはリーナに対し右肩を前にし体を完全に横に向けていた。
そして右手に握る木剣をリーナに向かって真っ直ぐに突き出す。
両脚は肩幅ほどに開きリーナに対して奥側、左脚に重心を掛けているようだった。
「こんな構え見たことがない…それに体が隠れて狙いが絞り難い…」
どう攻めるべきか?思い悩むリーナにベアトリスが口を開く。
「わたし、本当はエレナ様と戦いたかったんです」
リーナはベアトリスが何を言い出すのか、動きに注意を払いながら聞いた。
「わたしで残念だったかしら?」
「そんなことはありません。リーナ様とも、もちろん戦ってみたいと思っておりました。」
リーナはベアトリスとの間合いを測りながら、攻撃の機会を探っていた。
「順番って大事だと思うんです。だって従者より先に主人を倒してしまったら、従者が可哀想じゃありませんか?」
そう言い終わった瞬間、ベアトリスが一瞬で間合いを詰めてリーナへと剣を突き出した。その動きはあまりにも速く、観戦している訓練生たちも息を呑んだ。
間一髪で躱すリーナはその一瞬であることに気づく。
「あなた!その木剣、細いじゃない!」
「!」ベアトリスは驚きの表情を見せる。
「よく分かりましたわね?そうですわ。普通の木剣は扱い辛くて、削りました」ニッコリ微笑むベアトリス。
「施設の備品になんてことするのあなた!」思わず叫ぶリーナ。
「……」ポカンとしていたベアトリスはしまったと言う表情で答えた。「木剣っておいくら?」
観戦していた訓練生たちはクスクスと笑い声を漏らし、雰囲気が和らぐ。
リーナは再び構え直し、ベアトリスの動きを見つめる。
事前に準備をしておいて良かった…。
それがなかったらあの刺突を避けることは出来なかった…。
リーナの瞳に、ふわりと青い光が滲んでいた。
動体視力を向上させる補助魔法。
模擬戦開始直後からリーナはこの補助魔法を密かに展開していたのだ。
ベアトリスは先制の刺突を躱されたことに若干の焦りを感じていた。
突きには絶対の自信がある。だからこそ、それを追求するために木剣を削って軽くしたのだ。その刺突を初見で躱された。
それは、単調な突きは通じない事を意味していた。
「それにしても、さすがですねリーナ様。躱されるとは思いませんでした」
ベアトリスは再び半身の構えを取り、リーナへと剣を向ける。今度は左右逆に…。
「あなた…右利きじゃないの?」
「わたし、左利きなんです。だからさっきのように躱すのは難しいですよ」
ガンッ!
「あうっ!」先程は躱すことの出来た刺突が、今度はリーナの左の肩当てに直撃した。
早い!リーナにも、観戦している訓練生たちにもベアトリスの動きがさっきと段違いなのが見てとれた。
「一撃目、ですわ」ベアトリスはニッコリ微笑みながら再び半身の構えを取る。
「くっ…」リーナは肩の痛みに耐えながら、距離を取り体制を整える。
それにあの半身の構えは正向きの構えに比べ圧倒的に攻撃出来る面積が狭くリーナは攻めあぐねていた。
「なんだ?まさかこのまま終わりではないだろうな?このまま終わってはつまらんぞ、リーナ嬢」戦局を見つめるグリマスは相変わらず不敵を笑みを浮かべ呟く。
「リーナ!」不意にリーナの耳に声が届いた。
見なくても分かる。カイルだ。カイルが応援してくれている。それだけで勇気が溢れてくるようだ。
そうだ。カイルもあんなに頑張ったんだから、わたしもやらなきゃ…!
止まってたら狙い撃ちされるだけ…。
動くのよ。カイルのように、相手を翻弄するぐらいに!
リーナの足元に青い光が集まり円形の魔法陣を描き出していった。
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