第4話 模擬戦の開始
「インターバルは終わりだ!集合せよ!」
副教官のロドリックが訓練生たちに号令をかける。
思い思いに体力回復に努めていた訓練生たちは一斉に集まり列を成した。
主任教官オルンが口を開く。
「全員体力は回復したな?それでは模擬戦を始める。
今日は初日だから条件は無しだ。ルールは一つ、相手に攻撃を3回当てた方の勝ちとする。」
訓練生たちはそれぞれが手にする武器を強く握り締めた。木剣を持つ者が多く、次に多いのは弓矢を持つ者、
槍を持つ者が二人。
リーナもカイルも木剣を握り締め対戦相手に思いを巡らせた。
「最初の対戦は、エイダンとエレナ、カイルとグリマスだ!」オルン教官の声が響き渡る。
わかっていただろうに、エイダンは救いを求めるような表情をカイルに向ける。
初戦はエイダンとエレナだと思って油断していたカイルは自分の名を呼ばれ焦った。
カイルの焦りが伝わったのか、エイダンは後ろを振り返りオリバーとサミュエルの姿を探す。
見つけた二人は我関せずと言った様子でエイダンを見ようともしなかった。
「名を呼ばれた者は前にでよ!」副教官ロドリックがカイルたちを促す。
そして、それ以外の訓練生たちはメインホールの脇に移動し模擬戦の開始を待つのだった。
訓練用の弓を携えたエレナがエイダンを見据える。
「逃げ足だけは早いようだけど、もう逃げられないわよ」
相対するエイダンは両手で木剣を握り構えるが、エレナの迫力に完全に飲まれていた。
「俺…死ぬかも」
カイルは木剣を軽く握り体の力を抜いて自然体を意識した体制をとった。
その前には同じく木剣を握り無防備で立つグリマスの姿がある。
無防備に見えて無駄のない構えは相手の動きを見極め反撃に転ずる事を見据えた構えだった。
グリマス・フォン・シュタインフェルド。
彼の精密な剣捌きは14歳とは思えない技量だと聞いたことがある。
カイルは彼が訓練生の同期となることを知った時はその剣捌きをこの目で確かめたいと思ったものだが、まさかそれが模擬戦の初戦で直接体験することになるとは思ってなかった。
ともかく止まっていては意味がない。
「行くぞ…カイル・フェアヴィーク」自らを鼓舞し、カイルは地を蹴った。
「一撃目!…ニ撃目!」エレナの連続射撃が動きの鈍いエイダンに連続ヒットする。
「うっ!うげっ!」情け無い呻き声を上げてよろめくエイダンは、そのよろけ具合が功を奏したのか、エレナの三撃目を結果的に躱すことに成功する。
「くっ…外した!」偶然に助けられたとは言えエイダンに矢を躱された事実がエレナを苛立たせた。
「エレナ…冷静とは言えないわね。油断すると足元を掬われるわよ…」模擬戦を見つめるリーナは一人呟く。
それでも「エレナが負ける要素はないでしょうけど」リーナはエレナがあと何撃で勝負を決められるかを考えながら、もう一つの対戦に目を向けた。
グリマスは対戦相手が無作為に突進してくるのを冷静に見つめ木剣をゆっくり構えた。
真正面から振り下ろされる木剣の剣撃はなかなかの攻撃だが、グリマスにとっては何の驚きもない一振りだった。
構えた木剣をゆらりと振るうと、グリマスの体を狙ったカイルの一撃は軽く受け流され地面に食い込んだ。
次の瞬間、カイルの右肩に衝撃が走る。
「一撃目…」グリマスが呟く。
「くっ」カイルは一瞬の痛みに顔を歪めたが、すぐに体制を整え距離を取る。
カイルと言ったか…リーナ嬢の腰巾着…大したことないな。グリマスは相手を値踏みするような目で眺め、判断を下した。
「少し遊んでやる」その口元には不適な笑みが浮かんでいた。
エレナは頭に血が登っていた。
逃げに徹しているエイダンに3回も矢を避けられている。エレナにとってこれ以上ない屈辱だ。
「逃げ足だけは早いんだから!大人しくしなさい!」
さらに二発、連続射撃を行うがそれすら避けるエイダン。
「オリバー…僕は夢を見てるんだろうか?」
「どちらかと言うと悪夢だと思うがね…」
模擬戦を観戦していたサミュエルとオリバーは、エイダンがエレナの攻撃を避け続けている事実に困惑の表情を浮かべた。
「…俺ってすげえかも」逃げてるだけなのにエイダンの頭の中では自己評価爆上がりだった。
冴えない自分がエレナ様の矢を5回も避けている。
これはもう隠された能力が覚醒したんじゃなかろうか?
「エレナ様!あんたの矢は見切った!俺にはもう当たらなうげっぶわぁあ!!!」
逃げていれば避けられたかもしれなかったが、立ち止まって余計なことを叫んでいたエイダンは、エレナの怒りの3連射を全て受け止め盛大に吹っ飛んで行った。
「全部で五撃ね。」エレナはようやく勝負を終わらせられ、額の汗を拭うのだった。
「さすがエイダン」「安心したよ」
オリバーもサミュエルも何故か安堵の表情を浮かべていた。
「カイル…動きが直線的すぎる…」リーナは胸の前で祈るように手を組みカイルの模擬戦を見つめていた。
カイルの攻撃はそのことごとくをグリマスに受け流され翻弄されていた。
「あなたの動きはそんなものじゃないはずよ…」
リーナはそれを伝えられない事をもどかしく感じていた。
「グリマス様…お遊びが過ぎます。彼の動きはそんなものではありませんよ」
戦局を見つめるベアトリスもリーナと同じ事を考えていた。ただ、どちらの立場で見ているかの違いはあったのだが。
何度の斬撃を受け流されただろうか?
反撃を受けたのは最初だけだった。
しかし、こっちはもう肩で息をしていると言うのに、グリマスは未だにまともな構えすらしていない事にカイルは悔しさを覚えた。
「遊ばれてる…か?くそっ」
グリマスの退屈そうな顔を見てそれをひしひしと感じた。
カイルは腰を落とし木剣を構え直す。
このまま突っ込んでも受け流されるだけなのはわかっている。
何か手はないかと視線を動かした時、視界の端にリーナの姿が映った。
祈るように胸の前で手を組む姿に何か吹っ切れた気がした。たかが模擬戦。しかも初めての…。
リーナに祈ってもらうような事じゃないだろ。
今はあいつの方が強い。だったらいつか越えればいい。
今は自分の出来ることを全てぶつければいいだけだ。
「うん?」グリマスはカイルの目付きが変わった事に気づいた。「ふっ…やる気になったか?」
次の瞬間、カイルは地面を蹴った。
カイルは、最初と違い不規則に蛇行しながら接近していく。それでいて最初の突進より速いように思えた。
右からか左からか?グリマスはカイルの構え、足捌き、重心の掛け方から攻撃の方向を予測する。
右からか。
読み通りの剣撃が放たれ、グリマスは予定通りに受け流す。遊びは終わりだ。剣撃を受け流した勢いそのままにカイルの肩口に一撃を叩き込む。
「ぐはっ!」呻き声と共に吹き飛んだのはグリマスの方だった。
グリマスの受け流しの勢いを利用したカイルの蹴りが直撃したのだった。
腹部の衝撃に体制を崩されたグリマスは何が起こったのか理解し切れぬまま、カイルの追撃を何とか受け流す。
何だこの動きは?こんな動き剣術ではない。デタラメだ!
カイルの動きはまるで動物のように直感的で、予測不能だった。リズムを変え、突然に方向を変える攻撃はグリマスの防御を揺さぶり続けた。
「カイル、あんな変則的な動き…すごい」リーナは胸の高鳴りを抑えきれなかった。
「くそ…こいつ…!」グリマスは心の中で舌打ちした。予測不能なカイルの攻撃に対応するため、自分も動きを変えざるを得なかった。
止まるな!攻め続けろ!
カイルは悲鳴を上げる体を突き動かし連撃を繰り出す。
剣撃からの裏拳に続く蹴り。二撃目の蹴りがグリマスを捉えようやく二人の距離が離れた。
「はぁ…はぁ…」何とか木剣を構えてはいるが、滝のような汗に荒く乱れた呼吸はカイルの限界を物語っていた。
「カイル…」リーナは心配そうにその様子を見守っていた。彼が限界に達していることはリーナの目にも明白だった。
「…凌いだようですね、グリマス様」
ベアトリスはグリマスがカイルの連撃を凌ぎ切った事に安堵する。
「カイル…あいつあんな動きを…」勝負が終わってリーナの下に戻ったエレナもカイルの動きに目を奪われていた。
他の訓練生たちも、教官すらも、たかが模擬戦に釘付けとなっていた。
「カイル…おまえの評価を改めよう。見事だ。」グリマスは肩で息をするカイルに言い放った。
「…それは…光栄です、グリマス様」何とか息を整え答えるカイル。
「…お言葉ですが、わたしが息を整える時間を与えてくださるとは、お優しいですね」カイルは不適な笑みを浮かべた。
「そうだな、敢えて急ぐ必要もないのでな」
グリマスもまた不適な笑みを浮かべていた。
観戦していたベアトリスは、グリマスの様子を見て何かを察した。
「グリマス様、初日からお使いになるのですね」
ベアトリスは勝敗が決したことを確信しリーナの姿に目をやる。
リーナは変わらず、祈るような姿勢を崩していなかった。
「わたしが一撃でおまえが二撃か?丁度良いハンディキャップだな」
「後悔しないでください!」息の整ったカイルは最後の力を振り絞り踏み込んで行った。
その瞬間、グリマスの目の前に淡く赤い光が膨れ上がり円形の魔法陣が展開される。
「ま、魔法陣!?」まさか模擬戦で魔法を使うなんて!
カイルも、訓練生たちもそう思った瞬間、展開された魔法陣から三本の光の矢が放たれカイルを襲った。
「凄かったよカイル」リーナは激戦を終えて戻って来たカイルにタオルと水筒を渡しながら労いの言葉をかけた。
「…ありがとうリーナ…負けちゃったよ…」カイルはタオルと水筒を受け取ると悔しそうに呟いた。
「その水筒…!」言いかけたエイダンの口をオリバーが塞ぎ、サミュエルと二人で引きずっていく。
エレナも少し離れた場所からリーナとカイルを見守っていた。
「グリマス様すごかったよ。剣は全部受け流すし、最後は魔法だよ?勝てないって」カイルはリーナに苦笑いしながら答えた。
「でも魔法がなかったらどうなってたか分からなかったわ」リーナは悔しそうに呟いた。
「カイル、途中から動きが凄くなったもの」
「…あれは…リーナの姿が見えたんだ。そしたらなんか吹っ切れてさ。」カイルは頭を掻きながら言った。
「そう…見えたんだ?わたしの祈りが通じたかしら?」
リーナは悪戯っぽく笑いかける。
その笑顔にカイルは顔が赤くなるのを感じて水筒の水を頭から被った。
「カイル、そんなことしたら風邪引いちゃうわよ!」リーナは驚きながらも笑顔を浮かべる。
「平気さ、それよりも次はリーナの番だよ。」
「相手は誰か分からないけど、頑張ってよ」カイルは水を滴らせながらリーナの肩に手をやった。
既に次のメンバーの対戦が始まっている。
グリマスとカイルの戦いに比べたらお遊びのように見える内容だ。それでも、それぞれが全力で戦っている。
今の自分の全てを出して、限界に挑戦するように。
リーナはみんなの戦いに遅れを取らないように、何よりカイルに恥ずかしい姿を見せないように、頑張ることを決意するのだった。
「…ふふっ」ふと、リーナは笑みを溢す。
「ん?どうしたの?リーナ」カイルはリーナの笑みの意味が分からず問いかける。
「何でもないわ。頑張ろうって思っただけ!」
くるりと踵を返しカイルに向き直ったリーナは自分のおかしな考えに吹き出したことを胸の奥にしまった。
領主の娘としてじゃなくて、カイルに恥ずかしい姿を見せたくないって思うなんて、わたしって本当にカイルのことしか考えてないみたい。
「リーナ・セレスタ・リバン!」
模擬戦を観戦する訓練生を避けながら、ロレンス副教官が歩み寄りリーナの名を呼んだ。
「はい!」呼ばれたリーナは姿勢を正し副教官に返事を返す。
隣のカイルもまた姿勢を正す。
「おまえの番は最後の8組目だ。いいな?」
「相手はベアトリス・ウォーカーだ頑張れ。」ロレンス副教官はメモを見ながらリーナに模擬戦の順番と対戦相手を告げる。
「はい!承知しました副教官!」
リーナの目に決意の炎が灯っていた。
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