「自由と規律」

 自由思想連盟の会合はハソン町、フクキ町、コサク町をまとめるかたちで開かれた。


 フクキ町の800人が収容できる町会館を借りて、私が話をするのは今回で4度目のことだった。


「クラリス教授、こちらです。みなさんがあなたの到着を待っていましたよ」


 声をかけてきたのは、自由思想連盟のスタッフだった。


「やあ、デイブ。去年の会合以来だね。どうだい、ひさしぶりに来た東亜N区域は」


「前回と同じです。止まっている雰囲気があります」


「はは、そうだろうね。東亜N区域のなかでもハソン、フクキ、コサクはどこも高齢者が多く住んでいて、隣のリッセン区みたいに若者が行き来するところじゃないからね」


「今度は教授が東亜S区域に来てください。あそこは自由思想連盟の本館もありますし、なにより自由を求める若者でいっぱいです」


「そうかい、それじゃ、今度はお邪魔させてもらおうかな」


 O議会歴275年6月19日。

 今日は4日間にわたる自由思想連盟の会合の2日目だ。


「おふたりさん、立ち話もなんでしょう、はやく待合室に来てくださいよ」


 声をかけてきた白髪混じりの頭、少し肥えた体の男は私の旧友であり、研究仲間である自由思想連盟の教授、アラン・ディーバックだった。


「やあ、アラン。君とはつい先日もWeb会議で話したから、ひさしぶりという感じがしないね。見ない間に少し太ったようだ」


「ああ、私のパートナーの料理が最高でね。気付いたら、このありさまさ。今度、君にも食べてもらいたいよ」


 デイブが私の荷物を持ってくれて、ついてきてくださいと案内してくれた。


 待合室までのあいだ、アランとデイブと話すことは尽きなかった。

 最近、区域庁からペットを給付されたこと、酒の味が例年より落ちたこと、自由思想連盟が東亜S区域で支持者を拡大していることなど、色々なことを話した。


「つきました。どうぞ、中へ」


 デイブに案内された待合室の少し年季の入った木製のドアを開けると、見慣れた仲間たちがいた。


「本日の会合までは、あと2時間ほどあります。クラリス教授も準備があるでしょうし、私も教授の講演の準備をしてきますので、ぜひ、ここで語らないながら、お待ち下さい」


 デイブはそう言うと、私の荷物を部屋に設けられた円卓の脇に置き、ゆっくりとした歩みで待合室をあとにした。


「やあ、クラリス。君の論文を読んだよ。やはり、哲学史としてはフーコーをメルクマールとするかい」

「まあ、まてまて、クラリスはまだ来たばかりだ。ひと息つかせてやれよ」


「かまわないよ、アラン。ミシェル、その件についてだが……」


 私と仲間たちの時間はあっという間に過ぎていった。時間を忘れるほどに。


 デイブが呼びに来てくれてなければ、私も自分の講演準備をしていなかっただろう。


「クラリス教授。今、ハソン、フクキ、コサクの三町長の談話が終わりました。まもなく出番となりますので、準備をおねがいします」


「ああ、わかった」


 三町長は区域庁からカタチだけの表現の自由を示すために、ここにいる。


 しかし、私達は違う。

 一人ひとりの自由な意思にもとづいて、自由に疑問を言い、語り合うために、ここにいる。


「クラリス。あんまり重く考えずにな」


 私が深刻そうな顔でもしていたのだろう。アランが準備をしていた私に声をかけてくれた。


「ありがとう。大丈夫だ。私は自由を信じているからね。自由に話してくるさ」


 待合室に設けられた円卓で、発表原稿の準備をまとめた私は席を立ち、デイブに案内してもらいながら、舞台袖に来た。


「これより3名の区域大学教授による、自由に関する講演を行います。はじめに、東亜N区域大学クラリス教授による発表です。どうぞ、拍手でお迎えください」


 司会がそう言うと、こちらにアイコンタクトを送ってきた。デイブもがんばってください、と送り出してくれた。


 拍手の中、演台に近づく。

 拍手の音がフェードアウトしていく。止んだ。


「こんにちは、みなさん。先ほど、ご紹介にあずかりましたように、東亜N区域大学教授のクラリスです。今日は、自由思想連盟の会合にご出席いただき、まことにありがとうございます……」


 会場には、年配の方と思われる人々が多く、若者は指で数えるほどだった。


 だからといって、悲観的になる必要はない。いつだって、自由への関心は若者の興味の外だったのだから。

 まずは導き手を増やすために、原稿を見ながら、ゆっくりと、一人ひとりに届けるように話した。


 講演のなか、私は落ち着いていた。


 三町長は聞く気が無いようで、隣に座る秘書と次のスケジュールの打ち合わせをしている。


 ここまではいたって順調だった。


 その時までは。


 会場の奥、階段状に並べられた後方席のさらに後ろ。

 そこに自由とは真逆の行動をとった教え子がいた。


 オオツカ・ケイが立っていた。

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