「絶対時間と絶対空間」

ーO議会歴275年6月15日


〈何者かが機関ネットに外部から侵入した可能性〉


 その情報は、すぐに窓口応対課を管轄する生産管理部門長から、東亜N区域長官へと報告され、本日、部門長会議が開かれることになった。


 私とオオツカはインデックスケースであるジャブロンカに関わりを持ったことから、生産管理部門長のデイブに連れられ、東亜N区域部門長会議に出席した。

 参加者は生産管理部門からデイブ、私、オオツカ、人口調整課のスガノが出席し、その他の部門からも各部門長と、異常対応部門実務課、システム課の職員が出席していた。

 東亜N区域長官は都合により、音声のみでの出席となった。


「定刻になりましたので、東亜N区域部門長会議を始めさせて頂きます。司会進行は区域長官部門所属の私、デボラ・バーネットが努めさせていただきます」


 区域長官部門は長官直属の組織であり、ビッグ・マムとの情報の共有、区域政策での助言を主に行っている。その組織の人物がでてくるということが、今回の事案の注目度と緊急性の高さを示していた。


「まず、情報を整理します。昨日のO議会歴6月14日に窓口応対課、人口調整課、検閲管理課の3つの課にて、合計322件の外部から侵入したとして報告された「メッセージ」の受信が評議会、又はビッグ・マム名義でありました。異常対応部門のシステム課からの報告では、機関ネットのファイアウォールの突破は確認されておらず、また自律型暗号変換器にも異常は見られていないと評議会から通達が来ています」


「話の途中で悪いんだが、結論から言うと、つまり、どういうことになるんだ? 」


 思想統括部門長エンリコ・フェルミが低い声で聞いた。


 デボラは分かりましたと言い、

「結論としては何者かによる外部からの区域機関ネットへの侵入の可能性は、全体の情報を鑑みるに、限りなくゼロに近い、ということです」


「だが、各部門、各課で外部から侵入した可能性がゼロでない限り、単なるエラーとも考えられない。また、可能性がゼロといえない限り、それは我々の生産計画の進行に失敗を招きかねない。だから、こうして、俺ら部門長を集めて対策を練れ、ということですかな、長官どの? 」


 フェルミは「Sound Only」の文字が黒い背景に表示されたモニターに向かって問いた。


「そうだ。フェルミ君なら理解しているだろうが、評議会の活動調整で定められた生産計画に失敗は許されない。我々は先の大戦で経済が止まるだけで、数十億の人々が死んだことを忘れてはいけない」


 東亜N区域長官はビッグ・マムも今回の当区域での事案を重く見ていることを話し、こう続けた。


「今回の事案はマキナ又はシャドウを自由思想連盟が入手したことによるものであると決定する。よって、異常対応部門の実務課を先頭に、今回の事案を急ぎ収束させよ。これはビッグ・マムのご決断である」


 その後、事務的な連絡手段の確認と進捗を確認するために定例会を行うことを議決し、部門長会議は終わった。


 会議室を出るとオオツカに話しかけられた。

「ナナミさん、今の会議で聞けなかったんですけど、シャドウってなんです? マキナは分かります。電極脳化手術を受けた人間、西暦風に言うならサイボーグってやつですよね。シャドウはなんです? 」


「シャドウは電子人格を持つ者の総称です。」


 シャドウ。

 第三次世界大戦において、各国が直面した問題に兵士の数不足があった。訓練して育て上げても、前線で頭に弾丸が突き抜ければ、また訓練された兵士が必要となった。

 こうした問題解決のために、各国は練度の高い兵士の戦闘データや訓練データをビッグデータとして収集した。

 そのデータを電極脳化手術を受けた市民に「ダウンロード」させることで即席の兵士として、制圧した領土の防衛・占領政策の任務につかせていた。


 だが、ここで奇妙なことがおきた。

 収集されたビッグデータが「ひとり」の人格として、「生きはじめた」のである。


「当初、シャドウは膨大なデータが蓄積されたがゆえの産物だと、考えられていました。しかし、実際には兵士のデータをとる際に、兵士のパーソナルなデータをもデータ化しており、データの偏り、つまり生存者の偏りによる産物だったのです」


 オオツカに私はデスクに戻るまでの道で話した。

 オオツカはなるほどぉ〜、と少し感心した素振りをみせた。


「ていうことは、シャドウって限りなく人間に近いAIみたいなものですか? 」


「そうですね、そうとも言えます。しかし、現実としてはオースタニア議会ではシャドウになること、シャドウを生み出すことを法的に規制していますし、昨今のAIとは違い、特定の人格をもつシャドウを生み出すには大規模な施設と膨大な個人データが必要なので、区域市民にはシャドウを作り出すことは不可能でしょう。存在するものの、触れられない者。人間の幻影。それがシャドウです」


 デスクに戻った私は、部門長デイブの指示に従い、まずジャブロンカに関して情報を精査する作業に入った。

 サポートには、勿論、オオツカが指名された。


「では、私はイヴァン・ジャブロンカの身辺と経歴を整理しますので、オオツカさん、あなたはジャブロンカがいる更正院へ赴き、接触してください。彼に数値化されていない、何か感じることがないか、それを確認してきてください。よろしくお願いします」


「分かりました。外は任せてください! 」


 オオツカは快活な声で応えると、東亜N区域庁をあとにした。


「さて、私も始めますか……」


 一言、ボソリとつぶやいた私の脳は、モニターに映るデータの山を処理し始めていた。


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