魔法で古代生物を蘇らせちゃった!?私はただ鬱憤を晴らしたかっただけなんです

いけのけい

第1話

                                               

 後世に語り継がれる死を遂げられる人物などほんの一握りであり俗に一般人として総称される私たちの死など数ある中の一つに過ぎない。全てはこれまで思うがままに生きてきたことへの報いであり生と死の境界線に立たされているはずなのに、不思議と恐怖心はそれほどなく達観してさえいたかもしれない。この身を犠牲に湖に存在する怪物の存在を世に知らしめこれ以上の被害者が現れないことを願う。人気のない場所には理由があること、魔法を放つときは下調べを怠らないこと、以上の二点がこの世界に私が残せる最初で最後の教訓であり各々身に刻んでくれたら私の命にも意味はあったと少しは報われるかもしれない。


 人が寄り付かない森の奥地に存在する湖は道中から外灯などあるはずもなく闇夜を照らすのは月明かりと手元のランタンだけでありおどろおどろしい雰囲気が漂う。上空から見下ろせば森が大きく口を開けているようにすら見えるであろう森林の中に存在する大きな湖は鬱憤をぶちまけるには最適な場所だった。

 夜中の暗がりに佇む女児という絵面はある人が見れば心配し駆けつけてくれるかもしれないし、またある人が見れば悲鳴をあげ走り出し翌日には幽霊の目撃譚が語られることになるかもしれない。などと語りつつも現在地は村から離れた森の奥地に位置する場所であり誰かが来ることはほとんどなく付け加えて御生憎様、私を心配して駆けつけてくれる仲間など一人としていないのだった。通っている学校の教師ですら心配するよりもまた馬鹿なことをしていると呆れ真っ先に叱責が飛んでくる情景が目に見えている。唯一心配してくれる人がいるとしたらそれは育ててくれたお爺ちゃんとお婆ちゃんなのだが二人は数年前に他界してしまった。

 暗闇に華奢な女子一人といってもこの辺りに住う魔物は危険度が低く命を脅かすまでには至っていないことは事前に把握済みであり自分自身としてはなにも心配していない。どちらかというと魔物よりも盗賊や人攫いの心配をした方がいいのだろうが王都から離れた辺境の村に住う人間を襲う輩は存在しないこともまた事実。売ったところでたいした価値にもならない人物を誰がリスクを冒してまで襲おうというのか。つまり現在立っている場所は安全が保証されており女だとか子供だとか気にすることなく安心していられるのだ。

 広大な湖はどんな魔法を放とうとも全てを受け止め衝撃で何かを破壊してしまう恐れは一切なく、人里離れた場所であるからにどんな爆音を響かせようとも住民からの苦情が学校に殺到し呼び出されて怒られることもない。ようやく見つけた楽園で今日も今日とて魔力を全て込めた一撃を日々の鬱憤も込めて湖面の中心地へと解き放つのだった。


「イグナイトブラスト」


 周辺被害も他者への配慮も何一つ気にすることなく自由奔放に放たれた魔法は湖の中心地で派手に爆ぜると轟音と共に水面を掻っさらい周辺に林立する木々の高さを優に超える大きな水飛沫を作り出した。やがて水の柱は空中で拡散すると辺り一帯に雨となり大地に降り注ぐ。体は一瞬にしてずぶ濡れになり肌に張り付く布が少しばかり不快感を与えはするが感じるのは一瞬ですぐにまた魔力を全て解き放った後に訪れる快感に身を包まれる。顔にへばりつく前髪を後方へかき上げるとそのまま流れるような動作で充足感に満たされながら背中から地面に倒れ込んだ。大きな水溜りを囲むような木々の風景から視界は夜空へと変わり幾千もの星が輝きを放つ最高の眺めが頭上には広がっていた。月ではなく太陽があれば綺麗な虹の橋が懸かったかもしれないと七色の光の橋を想念しながら頭上に手を掲げ空想上の奇跡を辿るように空を撫でてみる。

 自力ではすぐに立ち上がることも困難なほどに魔力を使い切り無防備な姿を闇夜の森の中で晒しているが魔物どころか小動物すら姿を見せず、物音一つ聞こえてこない。耳に入ってくるのは虫の音、葉っぱを揺らす風の悪戯と自然豊かな音色だけであり心身共に心地がよくのんびりとした平和な時間が流れていた。

 全魔力を込めた魔法を放っただけでも鬱憤は晴れ清々しい気分だというのに自然に囲まれ綺麗な眺めも独り占め出来るとは感無量でありこの場所を発見した自分自身にに穴場発見マイスターの称号を与えたい。これまでは魔法を放っては騒動が起こり追放され何の思い入れもなくいろいろな場所を転々としてきたがこの湖だけは別格であり始めて手放したくないと強く思えた。

 教師からは校外での魔力消耗マインドダウンは死に直結すると口酸っぱく言われてきたが果たして教師の方々はこの快感を味わったことがあるのだろうかと夜空を眺めらながふと疑問が頭をよぎった。学校では問題児として扱われ私だけ魔力行使の制限が課せられているがために始めた憂さ晴らしではあったが、今では全てを使い果たした後にしか得られない昇天してしまいそうになるほどの快楽が完全に癖になってしまっている。身振り手振りを交えて異を唱えたところで問題児扱いされている私が魔力消耗の快感を語っても聞く耳など持ってもらえず目を吊り上げた教師からは雷が落ちるのが目に見えているためそんなことはしないけど。

 地面に仰向けに寝転がり天体観測を楽しみながら少しずつ薄れゆく快楽を惜しみながらも最後まで味わっていると突然大地が揺れ振動が背中を伝ってきた。最初こそ地震なんて珍しいと呑気に惚けていたが、揺れはすぐに収まることなくどんどん大きくなり危険を伝える鐘が脳内に響き始める。しかし体には魔力消耗の後遺症が残っていて起き上がることが困難であり未だ身動きが取れない状況から抜け出せていない。魔力消耗の恐ろしさを現在身を以て体験することで教師の言葉が身に染みて感じられたが無力で聞く耳を持たなかった私は為す術なく無様にも転がっている。遅すぎる悟りでこそあったが幸いなことに相手は意思を持って行動する人や魔物ではなく気まぐれな自然現象なのだ。運が良ければ助かることもあると現状にあるまじき楽観的な神頼みをするしかなく己の加護を信じるしかない。

 しばらく続いた揺れではあったが湯を入れた乾麺がふやける程度までは続かず数分も経たずに収まってくれた。どうやらこんな場所で死ぬ運命ではなかったようで地面が割れて奈落の底に落とされたり木々が倒れて押しつぶされるなんてこともなく命拾いした。体を丸くして身を縮こめていた格好から両手両足を伸ばし大の字になると大きく息を吐き捨て安堵する。ときには教師の言葉も役に立つと身をもって経験することで私はまた一つ賢くなってしまった。

 一時はどうなることやらと焦燥に駆られたが危機を脱したとなると急に喉が渇きを訴え始め水といえばと頭の方向にある湖の方へと視線を向けると驚愕の光景が目に飛び込んできた。一難去ってまた一難、驚くべきことに水面が山のように盛り上がり今にも何かが顕現せんとしているのだ。波立つ湖の中心に出来た山は現在進行形でどんどん大きさを増していき、水のベールに包まれていた何者かは勢いよく水面を突き破るとそのまま天高く飛び上がり正体を露わにした。

 星空は未知の生物の出現により覆い隠され遠くにいてもその巨大さが伝わってくる鯨のような怪物は滞空し落ちてこない。危険性があるのか無いのか今のところ分からないがどうしてこんな巨大な生物が今まで誰にも見つかることなく生息していたのか甚だ疑問だった。いくら鬱憤を晴らすのに最適な場所であり気に入りつつあったとしても怪物の住処となると話は別であり躊躇うことも惜しむこともなくこの地を手放すことを決心する。そして多少は動けるようになった体で匍匐前進でもいいからと撤退を図ろうとしたのだがとある異変を察知し天を仰いだまま固まってしまっていた。

 信じたくはなかったが恐ろしいことになんと空を泳ぐように漂っていた巨大な鯨の化物はさらに大きくなり存在感が増していたのだ。このまま膨れ上がって爆発したりしないよねと危惧するも、そんなことは要らぬ心配であったと遅まきながら巨大化の真相に辿り着きこそすれど時すでに遅し。鯨の姿をした怪物は微塵も大きくなどなっておらず、変化があったのは距離感であり現在進行形で敵と見做してかそれとも捕食対象としてかは分からないがこちらに向かって急接近中なのだった。完全に逃げ遅れてしまい今から安全圏へと脱することは限りなく不可能であり、生き延びるために可能性が残されていることがあるとすれば魔法での迎撃だが露ほどしか回復していない魔力では一瞬の目眩しくらいにしかならない。鬱憤を晴らすには最適な場所ではあったが、危機的状況に陥ると人がいない、誰も近寄らない、村外れ、騒音は聞こえない、全ての条件が裏目となり助かる道はどこにも残されていない詰みの状況だ。

 この世に生を受けてから十八年ぽっち長かったような短かったような人生のピークを上げるなら三年前の入学試験だったかもしれないと早くも諦め過去の栄光が呼び起こされていた。あの時は同級生からも教師からも持て囃され将来を期待されていたのにどうしてこうなってしまったのか。あの日道を踏み外さなければ今日この場所に来ることもなく死に直面することもなかったかもしれないというのに。生まれ変われるのなら次は膨大な魔力を有するだけでなく変幻自在に操れるようになっていてくれますように。

 慈悲など持ち合わせていない怪物は減速する事なく突撃を遂行し視界の端から端まで占領せんとする巨軀は後数メートルの所まで迫っていた。人は崖っぷちに立たされたとき思わぬ力が湧き起こり逆境を跳ね除けることがある。この格言もまた教師の口から伝え聞いたことであり今がその時だと言葉に倣うように始めて教師の言葉を間に受け迫りくる巨軀に手を伸ばす。全てを焼き払う火炎でも一切の身動きを許さない凍てつく氷でも光の速さで感電させ意識を奪う電撃でも何でも良かったのだが手からは兆しとなる一筋の光明すら出ることなく腕は力なく垂れ下がる。生きて帰ったら絶対に戯言を吐かした教師に反論してやると決意すると共に、教師の言葉など聞いてはならないと思い直された。

 文句や愚痴が山ほどあろうが現状の生存確率は零に等しいわけであり明日はやってこないのだから今後のことを考えても全て無駄となる。無知な私は怪物の住処で魔法を盛大に炸裂させ逆鱗に触れてしまい命を落とす。実に無様な死ではあるが怒られようが反省もせず好き勝手やってきたことへの天誅が下ったと思えばいづれは訪れる結末だったと素直に受け入れられた。抵抗を諦め運命に身を委ねる意思表示として目を瞑り胸の前で手を組み寝転がるともう微動だにしない。最後のお願いがあるとすれば苦痛に苛まれることなく旅立たせて欲しい、それだけです神様。



 

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