void 始まり()②
「……ふっ!」
異世界召喚され一か月が経過した。
召喚された当時、隆太は強い力を持っていないという理由から騎士への叙勲を辞退した。
隆太は今、騎士見習いという立場で日々鍛錬を重ねている。
毎日走り、剣を振り、そして打ち合う。
神の力の行方の情報も、そして倒すべき敵に対抗する力も持っていない今の隆太にはそれしかする事が無かったとも言える。
いつものように素振りを終え、疲れからその場に座り込むと、目の前に飲み物が差し出された。
「ほら、飲め。体調を悪くするぞ」
背中まで伸ばした黒い髪に真っ黒な瞳。
まるで日本人のような容姿をした女性。
彼女は、このハイネス王国の騎士団長リーゼ。
最年少にして、初の女性騎士団長となった人物である。
そんな彼女は現在、見習い騎士の指導騎士として、日々隆太たちを鍛え上げている。
隆太は、飲み物を受け取るとお礼を伝える。
「……ありがとうございます、リーゼさん」
「……リーゼでいいと言っただろう」
そう言って彼女は手に持っていたもう一つの飲み物をグイっと飲み干す。
「ようやく隆太が『リーゼさん』で他の連中はまだ『リーゼ団長』だぞ?もっと気楽にしていいものを……」
「リーゼさんは、天の上にいるような人ですから……」
「……まぁいい。隆太はやはり上達がものすごく早いな……一か月前までは運動もあまりしていなかったのだろう?」
「はい、そうですね……家に籠って遊びに耽ることが多かったと思います」
「それでこの実力か……」
少し黙りこむリーゼ。
その後、首を横に振りつつ、隆太に話しかけた。
「そういえば、近々……できれば明日辺り、予定は空いているか?」
「明日……ですか、空いてますね」
「そうか」
そう言ってリーゼは手帳を取り出した。
「では明日、一緒に外出したいのだが、問題ないか?」
「え?」
リーゼからとんでもないような一言を繰り出されて思わず固まる隆太。
リーゼは手帳に書き込みつつ、会話を続ける。
「そろそろ騎士見習いの褒賞日でな。この一か月頑張っている隆太には私が剣を見繕う予定だ」
「……いいんですか?俺……」
そう自信無くつぶやく隆太に、リーゼはコツンと鞘で叩く。
「隆太はこの一か月、一番努力をしていた。そんな君が褒賞を受け取らなければ、他の者たちは恐縮して受け取れない。だから、遠慮せず受け取れ」
そういうリーゼはさわやかに笑っている。
隆太は少しの逡巡の後、おずおずと頷いた。
「……分かりました。ありがたく受け取りたいと思います」
「それならよし」
そう言うと去っていくリーゼ。
隆太はその後ろ姿を見ながら、立ち上がり、剣の素振りを再開した。
――その夜。
リーゼはパトロールの為、街を歩いていた。
最近は化け物——バグルートの活動も増え、街の治安も低下しており、先日も騎士団員にけが人が出るような騒動が起こっていた。
リーゼは気を引き締めつつ、怪しい人物がいないか、注意深く見て回る。
そんな時、ふと強い何かの気配に気が付く。
「……?」
不意にそれが気になり、恐る恐る草むらを覗く。
……そこには、その場の雰囲気には合わない真っ赤な色をした丸い石が落ちていた。
リーゼはその石を取ろうと手を触れた。
その瞬間。
「あっ!?ぐっ!??」
石に触れた瞬間、強烈な頭痛が彼女を襲う。
頭の中に無理やり入っていくような、そんな激痛。
それと同時に、途方もないような情報量が彼女の頭に侵入してきた。
しばらくすると、痛みは治まった。
リーゼは全身にびっしょりと汗をかきつつ、その石を拾い、手元の袋にしまう。
――これは、危険すぎる。
触れた瞬間に流れ込んだ、この石の正体。
普通の人が触れてしまえば、きっと正気でいられなくなるだろう。
なぜ自分が無事だったのかは分からなかったが、その奇跡に感謝しつつ、彼女はその場を後にした。
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