真っ白になりたい

翌日から直美は、会社へは行かなくなった。



高柳には会いたくなかったからである。



ひっきりなしに高柳から電話やメールが来るが、直美はただひとこと。



さようなら。



と書いて送信した。



高柳には、どうして急に直美が出社しなくなったのか。



何故?さよならなのか、それすら分からない男である。



しかし、直美から嫌われた事は明らかである。



優しさとは作り出すものではない。



生まれ持った性である。



直美の両親は出社しない娘を勿論、心配したが塞ぎ込んだりした様子はないのでそっとしてあげる事にした。



季節は初夏を迎えようとしている。



直美は、両親には申し訳なく思っていたが、大好きなサイクリングを思いっきり楽しんでいた。



心地好い風が、直美の傷付いた心を癒してくれた。



もうすぐ父親の誕生日である。



直美はプレゼントを買うために隣街にあるデパートへ行く事にした。



入間川沿いを愛車のクロスバイクで走る。ゆっくりと流れる様に。



自転車乗りには、たまらない快感である。



デパートに着くと紳士服売り場へ足を運び、あれこれと父親へのプレゼントの品定めをした。



その時!



「直美君じゃないか。」声のする方を見ると、



「あっ、長沼さんですよね。」



「やっぱり直美君だ。」



「どうしてここに?長沼さん。」



「売り込みだよ!売り込み。」



長沼はそう言うと、直美へ微笑み掛けた。



長沼守。



彼は高柳と一緒に会社を興したが、高柳の独裁的な経営に不満を持ち、直美が入社して1年後には、数名の部下を引き連れてスピンアウトした人物であった。



「直美君、ちょっと時間あるかな?」



「えっ、はぃ。」



「まさか高柳からライバル会社の社長とはお茶するなって言われてる?」



「いえ、そんな事はないです。」



ふたりは、デパート内の喫茶店へ入った。



「えっ!辞めたの。」



長沼は直美が会社を辞めた事を聞いて驚いたが、直美の表情からそれ以上の詮索はやめた。



「私は長沼さん達があんな風に会社を辞めたのが残念でした。」



「あの時は直美君も誘うつもりだったけど・・・いかんな、こんな話しはよそう。」



「私と高柳が付き合ってるって事ですよね。」



「よそう直美君!」



「付き合ってました。でも彼とは終わりました。特別な関係なんてありません!彼に興味を持った事は事実ですが、もう終わりました。」



長沼は、直美と高柳との関係などはどうでも良かった。



それより直美の仕事での実力を知っている。何としても直美が欲しかった。



「直美君!うちへ来ないか?」



「えっ。」



直美はコーヒーを飲むのをやめて長沼を見た。



「今直ぐじゃなくても良いんだよ。気持ちの整理が出来てからでね。」



・・・・・



「ありがとうございます。」



直美の瞳から嬉し涙がこぼれた。



長沼はプライベートな連絡先を名刺に書いて渡すとレシートを持って立ち上がった。



「そうそう直美君。うちの娘がシンデレラみたいなお姉さんは、もうパパの会社には居ないのって、しつこかったけど、悪い王子様から逃げて戻って来たって言っておくよ。直美君 、待ってるよ。」



直美は長沼が会社へ子供を連れて来て、これがパパの会社だぞ!と抱きかかえた姿を思い出していた。



ひと月後、直美はある決心をして、さいたま新都心にある長沼の会社を訪れた。



スーパーアリーナの近くのビルに長沼の会社はある。



高層ビルの15階、全てのフロアを借り切っている。



さすがに清掃会社らしく綺麗そのものである。



受付で名前を告げると、応接室へ案内された。



セクション毎にパーテーションで仕切られているが、明るさを失わない工夫がされている。



受付嬢は社長室の隣の応接室へ直美を案内した。



しばらくすると長沼が現れた。



「直美君!待ってたよ。」



直美は、静かに立ち上がって丁寧にお辞儀をした。



「長沼社長、この度は本当にありがとうございます。」



「何をかしこまった挨拶してるの、私から誘ったのだからね、さあ楽にして。」



長沼は上機嫌である。



「社長、お願いがあるんです。」



「直美君にはもちろん企画を担当してもらう。そして部下も・・・」



「いえ社長!すみません。話しの途中に・・・」



長沼は困惑した。



「どうしたの直美君?」



「私、もう一度、初めからやり直したいんです。」



「初めからって?」



長沼は戸惑いながらも笑みを絶やさずに直美を見た。



「現場でもっと勉強したい!作業員の生の声を聞きたい!現場に行かせて下さい。」



直美の決意であった。



「直美君の希望は、現場で修行したいって事かな?うちから派遣会社への出向か・・・」



長沼はしばらく考えていたが、「まっ、何とかなるだろう。」



そう言うと派遣会社へ電話を掛けようとした。



「長沼社長、私を派遣会社へ紹介頂ければそれで。」



「それだと給料は下がってしまう。それに直美君に他に行かれても困る。」



長沼は本当に困った顔をした。



「私如きにそこまで思って頂いて、本当に感謝してます。ありがとうございます。」



「そんなに待てないよ直美君!君はうちには必要なんだからね。」



「私、もう一度、初めからやり直したいんです。」



「初めからって?」



長沼は不思議そうな顔をして直美を見た。



「現場でもっと勉強したい!作業員の生の声を聞きたい!現場に行かせて下さい。」



直美の決意であった。



長沼は緩んでいたネクタイを締め直すと立ち上がって窓際に立った。



「直美君、スキーは相変わらずやってるの?」



長沼は、直美にスキーを教えた事があった。



「はい!スキー場に居候してでも技術を追求したいと思っています。」



長沼は眼を細めて笑っている。



「社長!私、真っ白になりたいんです!」



こうして直美は清掃員の派遣とスキー場のアルバイトをしながら働き出した。



そして修一と運命的な出会いをする。


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銀雪の恋 安曇愁 @azumisyuu

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