ありがとう
直美との初デートの帰り道に修一は春菜の事を考えていた。
別れなければ……
修一と春菜の出会いは、ちょうど一年前である。
大学時代からの友人である香田正雄の紹介で春菜と知り合った。
香田は、家業の自動車修理工場を隣街で営んでいる。
彼の奥さんは、川越の駅ビルのデパートに勤務していた事があり春菜の後輩であった。
香田は昨年の11月に川越の氷川神社で式を挙げ、
修一と春菜は披露宴に友人として参加していた。
世間では良くある出会い方である。
披露宴の席で御互いに見掛けてはいたが、二次会へ修一は参加していないので春菜とは話す機会はなかった。
彼女は、一見するとホステス風で大抵の男は、そのルックスに目が泳ぎ振り返って二度見するほどの美人でグラマーな体型である。
修一も少しばかり気にはなっていた。
後日、新婚旅行から帰った香田から、春菜が自分に好意がある事を聞かされて少し驚いたが悪い気はしない。
「あんな美人に好かれるなんて修一の色男。彼女は遊び人みたいに見えるけど、どうしてどうして、男をとっかえひっかえする女じゃない。」
正雄の新婚旅行帰りの土産話を、彼の新居に招かれて修一は聞かされていた。
「そうよ修一さん。春菜先輩、二次会ではモテモテで大変だったんだから。是非、修一さんにお会いしたいって頼まれちゃって。」
新婦の正雄の奥さんが言うからには信憑性がある。
「本当に僕なんですか?」
「明日の日曜日。俺達と一緒に久しぶりにカラオケでも行かないか修一、彼女を紹介するからさ!ついでにクリスマスパーティーでもやろうや。」
正雄が何故そこまで…
どうやら奥さんのプレッシャーの様である。
修一は、別に断る理由もなかったし、春菜に会ってみたいとも思った。
修一は、スキーのインストラクターである。
出会いは、それなりにあるし付き合った女性はゼロではない。
しかし、30歳を過ぎると女性よりは仕事を意識するようになり趣味であるスキーとロードバイクに熱中している。
仕事と趣味。
両者に共通して言える事は、どちらも本当の面白さがわかってきた事である。
翌日、修一は正雄夫妻と川越駅前のロータリーで待ち合わせると、雑居ビルの地下へと入って行った。
春菜は仕事で遅れるという事で、とりあえず正雄とビールで乾杯して昔話で盛り上がった。
正雄の奥さんは、ひとりで曲を選択して楽しそうに歌っている。
店に入って1時間を過ぎた頃、店員に案内されて春菜が部屋へと入って来た。
「お待たせしてごめんなさいね。」
「待ってたよ春ちゃん。」正雄はすでに酔っている。
「春菜先輩、こちらが岸本修一さん。お隣へどうぞ。」
正雄の奥さんの紹介で春菜は修一の隣に座った。
「修一さんにお会いしたかったわ。」
修一は、悪い気分ではなかったが戸惑いは隠せない。
「私もビールを頂くわ。」
春菜は、自分のグラスと修一のグラスにビールを注ぐと、「ちょっと早いけどメリークリスマス!それに修ちゃんと知り合えた事に乾杯!」
そう言うと修一を見詰めて微笑んだ。
さすがに照れ笑いで創ろうが、修一はくだけきれない。
酒は決して強い方ではないので、自分でセーブしている。
「修ちゃん、ピザ食べて。何か欲しいものある?」
彼女の性格なのだろう。面倒見が良い。
「修一 さん、春菜先輩!何かふたりで歌って下さいよ。」
正雄の奥さんがマイクを春菜に渡した。
「修一さん、何を歌おうか?」
修一は、歌はあまり得意ではない。選曲は、春菜に任せた。
どこかで聴いた事のある歌のイントロが流れてきた。
曲名も誰の歌かもわからないが、フレーズは知っていた。
春菜は修一へ寄り添い腕組みをしてきた。
豊かな胸の感触が伝わってくる。春菜の明るい性格も悪くはない。
付き合っても良いかな…
ふたりの交際はこうして始まった。
春菜の女としての魅力は、しばらく修一を虜にした。
電話は毎日。メールは仕事中以外は途切れない。
はじめは嬉しかったが、会うと会話は少なくなっていた。
話す事はすべて、電話またはメールで済まされていた。
会えば春菜は甘えてくる。
横浜やお台場への深夜のドライブ。ディズニーリゾートへは月に一回は必ず行く事も約束されていた。
修一が春スキーに誘っても滑れないからと応じない。
ゴールデンウィークには、奥武蔵のウォーキング大会や地元、川越のスタンプラリーに誘っても全く感心を示さない。
春菜とは合わない。
自分の時間の無駄遣い。好きでもない女と・・・
そんな風に思って来ていた。
半年が過ぎた頃から修一は春菜を避ける様になっていた。
お互いに連絡をとらなくなる自然消滅・・・そんな気持ちでいた。
しかし、直美との出会いで、それは許されない!
駅の改札口での待ち伏せも、回数は減ってはいるものの続いている。
はっきりと言わなくては!
修一は自分の部屋へ戻ると、デジタルカメラからSDカードを取り外してパソコンに繋いだ。
直美の写真が次々と表れた。
本当に好きと言う気持ちが良く分かる。
それは、愛しく思う気持ちが自分の胸の中に広がって溢れそうに成る。
春菜から愛されていると感じた事はない。
こんな時は自分の都合が良い様に考えてしまう。
まったく男とはいい加減な生き物である。
夕食を済ませてシャワーを浴びると修一はベッドに寝ころんだ。
春菜へ電話しょう!
携帯電話のアドレスから春菜の電話番号を探し出した。
彼女と会って自分の気持ちをはっきりと伝えた方が良い。
春菜の仕事が終わるのは夜の8時半位である。
修一は、意を決すると春菜に電話を掛けた。
「もしもし修ちゃん。珍しいわね。これから会えるの?今、駐車場へ向かっているの。」
いつもの様に話す前に春菜から話し掛けて来た。
ヒールの音がしている。
「春菜、今から少し会えるかな?」
「少しじゃ嫌だな。修ちゃんとずーっと一緒に居たいな。」
春菜のいつもの口癖である。
「あのね、話したい事があるんだ。」
「ちょっと待ってて。」
春菜のヒールの音がとまり、車のドアをあけてエンジンの掛かる音がした。
「寒いね、お待たせ。話しって何?」
修一は、ひと呼吸してから、「電話ではなんだから会えるかな?今から。」
………
春菜は黙ってしまったが、しばらくしてから「女出来たんだ。」
修一は何も言えなくなってしまった。
「そっか、修ちゃん優しいからね、女出来て当たり前だね。」
修一は何も言えない。
「なんとなくだけどね修ちゃん、分かっていたんだ。私と修ちゃんは合わないって、お金の掛かる女でしよ私って。」
「いや、そんな事は・・・」
「分かったよ修ちゃん。失恋だねこれって 。三十路過ぎたおばさんになって初めて経験しちゃった。」
春菜は笑っている。
「修ちゃん、今までありがとう。楽しかったよ。」
そう言うと春菜は電話をきった。
ありがとう・・・
修一は、そう言うと携帯を閉じた。
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