直美との初デートは、週末の土曜日に決まった。



12月。



川越の街もクリスマスムードが漂っている。



直美のスキー場のアルバイトは、年末年始に予定されている。



久しぶりに土日が休める事で、修一は直美にスケジュールを合わせた。



直美と会う!



ふたりが初めてデートする場所は地元の川越である。



修一のマンションからは5分とは掛からない、川越のシンボル時の鐘の前で待ち合わせる事にした。



約束の時間は正午である。



修一は約束の15分前に来ていた。



直美の提案で、川越の新発見をしょうと言うテーマを持ったデートである。



いつも見慣れている時の鐘であったが、修一は観光客のような気分になっていた。



風情がある……明治の大火で焼失し、その後に再建された火の見櫓であるが、機械式に改造された鐘の音は、しっかりと川越の街へ時を告げている。



修一は辺りをキョロキョロして直美を探す事なくどっしりと腕を組んで時の鐘を時折見上げながら直美を待った。



「済みません、写真を撮って頂けませんか?」



修一は思わず「はい。」と言うと振り向いてカメラを探した。



カメラの主は、下を向いて両手でカメラを差し出している。



そして顔を上げて、「お願いします。」と微笑んでいる。直美であった。



「そこに立って……良いですか撮ります。」



ふたりは既に大笑いしている。



直美はカメラの画像をみて満足そうである。



こうして修一と直美は緊張する間もなく会う事が出来た。



「待たせちゃいましたか?」



「まだ約束の時間までには10分もある。それに、こんなに可愛らしい娘を待たせたりは出来ないからね。」



直美は、下を向いたまま微笑んでいる。



「美味しいお店を知っているんだ!行きましょう修一さん。」



ふたりは蔵造り通りにある有名なレストランに入った。



直美はGパンに白のダウンジャケット、それに紫のマフラーをしている。化粧はほとんどしていない。



川越はさつま芋の産地でもあり、郊外には畑が広がっている。さつま芋といえば蒸かしたり焼いたりする石焼き芋が有名であるが、伝統の手法で様々な食材と合わせて料理する地元では有名な店に入った。



運ばれたサツマイモづくしの料理を食べながら、



「修一さんは何歳からスキーを始めたの?」



「僕の故郷は、信州安曇野。父親がスキー好きだったからね。シーズンの週末はほとんどスキーしてたかな、小学校1年から。」



「だから修一さん上手いわけだね、羨ましいな、私も信州に生まれたかった。」



「直美さんは何歳から始めたの?」



「私は、社会人デビュー。友達に誘われて行ったんだけどね、初めは全然、滑れなくて、それが悔しくて。私って結構のめり込む性格みたい。」



直美は、さらに続けた。



「掃除の仕事も学生の時のアルバイトがそのまま仕事になったの、色々あって派遣なんだけど仕事は凄く楽しいな。」



「仕事が楽しいなんて羨ましいね。」



修一は、直美から視線をなるべく外さない様に話す。



「修一さんは今の仕事は楽しくないの?」



「楽しい時も楽しくない時もあるかな。」



「今は楽しい?」



直美は矢継ぎ早に話す。



「もちろん、こんな美人と一緒だから楽しいよ。」



「仕事!仕事だってば。」



直美は修一を睨みつけるように言ったが、すぐに穏やかな表情になった、



「あんなに大きな会社にお勤めなんだもの。私なんかにはわからない苦労もあるんだよね。沢山…」



直美はデザートのアイスクリームを食べながら話しを続けた。



「私ね、掃除のプロになりたいの、ほら、有名な女優さんで収納のプロが居るでしよ、あんな風になりたいの。


まだまだ掃除の仕方って色んな工夫があると思うの、例えばモップやほうき、私の会社では先を硬くしたり柔らかくしたり、それから段差をつけてみたりして魔法のモップやほうきを作るの。」



修一にとっての清掃員のイメージは、愛想が良いか悪いか、両極端の掃除のおばちゃんのイメージしかなかった。



直美は、デザートを食べ終わると財布からお金を取り出そうとしたが、



「僕がもつよ。」そう言うとレジへ向かい支払いを済ませた。



「ご馳走様でした、美味しかったわ !さすが川越。」



外は冬晴れで風もなく比較的暖かい。



「修一さん、川越七福神って知ってる?」


「もちろん知ってるよ。」



「巡らない!」



「ここからならば順番は違うけど、見立寺の布袋尊だね。」



修一は、直美の誘いが嬉しかった。



住み慣れた川越の街をそぞろ歩く。



そんなデートがしてみたかったからである。



歩き出して1時間、天然寺の寿老人の参拝を終えて喜多院へ向かう途中で、



「修一さん、仙波河岸史跡公園って知ってる?」



「知っているよ、ここから近いね。」



「知っているんだ。」



「そんなに詳しく知っている場所ではないけど、何かあるの?直美さん。」



「行ってみない!」



直美は、修一の手を握った。それは楽しいといった直美の素直な気持ちである。



「うん!行ってみよう。」



直美の手の温もりが、一瞬に体内を駆け巡った。



時折、大きく手を振り修一に微笑む。



しばらくすると仙波氷川神社が見えて来た。



境内では、お年寄りがゲートボールを楽しんでいる。



その先の森が目指す仙波河岸史跡公園である。



すぐ近くには国道もあるが、小高い山は、昔は古墳だったらしく、春から初秋までは深い緑が生い茂る。



葉は失ってはいるものの、 幾重にも重なった小枝が陽射しを遮っている。



そのせいであろうか、車の騒音を吸収してしまう静かな公園である。



とぐろを巻いた龍と古い祠が何かを守っている。



「修一さん、この先は行った事ある?」



そこには愛宕神社と記された案内板があった。



修一は自転車(ロードバイク)が趣味である。



スキーのオフシーズンには走りまわる。



何度か、この公園は訪れていたが、愛宕神社には気付かずにいた。



「知らなかったな。」



今度は修一から直美の手をとって繋ぐと、小高い山へと丸太の階段を登り始めた。



左、愛宕神社。

右、延命地蔵。

再び案内板が見えた。



案内板に従って左の小路を行くと、右側に鳥居が見えて来た。



ふたりは鳥居の前で一礼すると、石段を登り始めた。



普通の神社であったが、やはり唱え言葉が書かれている。



直美は、賽銭箱の下を指差して、修一に微笑みながら訴えている。



そこには、竹筒のお皿の上に色とりどりの可愛らしい折り鶴が置かれていた。



「修一さんはどれにする?」



直美は、ピンクの下地に花柄の鮮やかな折り鶴を選んだ。



「僕は、これにしよう。」



修一は、真っ白な折り鶴を選んだ。



「知らなかった。まさに川越の新発見だね。」



「この折り鶴は、神様が参拝した人への贈り物だと思うの。」



直美の口調は柔らかく優しく、修一の心を穏やかにする。



ふたりは、公園に戻ってベンチに座った。



直美は、手のひらに折り鶴を乗せて、息を吹きかけたり揺らしたりして遊んでいる。



息を吹きかけ過ぎだのだろう、折り鶴が修一の足元に落ちた。



修一は拾って直美に渡そうとした時、



「修一さん、私のどこに興味を持ってくれたの?」



直美は、真顔で修一を見詰めている。



笑顔の直美は可愛らしいが、修一は真顔の直美を初めて見てドキッとした。



美しい!本当に美しい。



もしかしてこれが女性の魔性なのだろうか。



でも、直美にそんなものが存在する分けがない。



「直美さんが可愛らしいからだ。ただ可愛いだけって言わないでよ、君の全てが可愛らしい。仕草とか雰囲気、だからね、僕は君に会いたくなった。初めてだよ!こんな気持ちは・・・」



修一は、本当に思っている事を言った。



ただそれだけである。



冷やかし、冗談、臭い、似合わない、歯が浮く。



言葉はいくらでも装飾出来るが、気持ちは飾れない。



気持ちを言葉にすると、どうしても飾ってしまうが、



君に会いたい!



そして君の事をもっと知りたい!



それだけである。



「ありがとう修一さん。」



直美はゆっくりとした口調で満面の笑顔である。



「後二つ残っているね、さぁ行こう。」



成田山の恵比寿天と喜多院の大黒天が残っている。



ふたりは手を繋いで公園を後にして歩き出した。



最後に喜多院の大黒天を参拝して巡り終わった。



「疲れた?」



修一は、直美に缶コーヒーを手渡してベンチに座った。



「全然平気、ありがとう修一さん、楽しかった。」



「僕もだよ、直美さんは川越の神社やお寺さんに詳しいんだね。」



「それは地元ですもの、私ね、自転車で巡っているの、ただの自転車じゃないのよ、クロスバイク。小さい頃から近くのサイクリングコースを走っているの、それにスキーのトレーニングにもなるでしよ、自転車って凄く気持ちが良いんだ。」



修一は直美が自分と同じ趣味である事が嬉しかった。



直美はさらに話し続けた。



「私の夢は、掃除のプロになる事と、スイスアルプスを滑る事!それにね、自転車でヨーロッパを走ってみたい!そうね、チェコからオーストリアなんて良いわね。」



修一は、あ然とした。



全く同感である。



海外スキーは大学の時に、シャモニーを経験している。



モンブランを眺めて滑ったスキーは最高であった。



自転車もオーストリアからチェコを走りたいと、ずーっと思っていた。



「ごめんなさいね、自転車なんて修一さんの趣味ではないわよね。」



修一は返事に困ったが、自転車の事はサプライズとして内緒にする事にした。



「僕はママちゃりだけど、今度サイクリングにお供するよ。」



「ありがとう修一さん。」



修一は、直美に恋をした。



それは、これまでに経験した事のない想い。



恋心である。



恋心・・・この気持ちが人を優しくする。

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