第4話 護衛対象、現る


 ——渋谷・対龍魔法学園。


 正式な指標がなくとも、国民が口を揃えて日本一とも呼ぶこの学園。

 その入学難易度と、学園に使われる魔法を用いた最先端技術。それに加えて、生徒を教え導く先生も元滅龍師として活躍してきた、実戦経験豊富な人材を多く採用している。


 そしてその技術の対象は学園内の校舎も例外ではない。三つある体育館、そのうち一番頑丈に作られているのは第二体育館だ。

 内部と外部、両方から魔法による結界が貼られ、万が一の魔龍種の襲来にもここはシェルターとして機能する。


 では、なぜ内部からも結界を張る必要があるのか。

 それは。



「しゃらぁぁああああああ!」


 受付を済ませ、体育館の中に入って一番最初に二人の目に入ったのは天井に向けて突き抜ける勢いで飛んでいく物体と、その下でホームランを打ったかのように嬉々とした大声を上げる赤髪の青年が一人だった。


【村松ユイト・スコア——360】


「これが本当に新入生の力?」

「うん、すごい。本当に人間?」


 クサツとリンは、高い天井から跳ね返りってくる物体を目で追いながら、思わず感嘆の声を漏らしてしまう。

 内側にも結界が張られている理由はこれらしい。



「てか、スコア360っていい方なのか? 入学試験の時にはなかったシステムだけど」

「……分からないけど。私はあの人を越えられる気が、しないかも」


 サラッと、頭を振って汗を拭う赤髪の青年。

 その姿はまるで漫画の主人公のようだった。


 と、青年を眺めていると後ろから声がかかった。


「ふん、あんなのに驚いているようじゃ、本当にこの私の護衛なんてできるのかしら」


 振り返るとそこには仁王立ちをして、腕を組む一人の女の子がいた。

 護衛という単語と、その少女の顔に、クサツは見覚えがあった。いや、ここに来たであろう本来の目的を思い出した。


 お祭りを楽しみに来たわけでも、強そうなやつを傍観しに来た訳でもない。


「学長から写真では見せてもらっていたけど、まさか、君が……」

「ふん、あんたこそ。写真よりも弱そうね。しかも入学式初日からもう女の子を侍らせてるわけ?」

「別にこの子は迷子になってからここまで案内しただけだよ」

「ふーん、本当かしらね。まぁ子供の恋愛をしに来たわけじゃないならいいけど?」


 二人の会話に、リンは首を傾げている。


「護衛? クサツ、この人を護衛するの?」

「いやぁ、まぁそうだね。そういうことらしい」

「らしい?」


 隊長にも隠されていたほどの機密事項を、護衛される張本人はペラペラと喋っている。


「……今後、苦労しそうだなぁ」


 理由は言うまでもなく、この性格である。

 学長からは気が強いとか、人を見下すくせがあるとか、あまりいい印象を与えられなかった。

 ただでさえ女性との対話経験が浅いクサツだったが、実際に話して納得した。


 この依頼に対する莫大な報酬と護衛に必要とされる力。隊長が役不足になったのは、隊長が弱いからでは無い。

 おそらくこの子の成長に対して、実戦経験のある元傭兵でもある隊長の護衛能力を超えたからである。


 少女——否、音宮シズクの声色から滲み出る自信こそが、それを物語っていた。


「ちなみに、私のスコアは620よ。これを越えなければあなたは用無しでクビ。おじいちゃんには私から言っとくから」

「わぁ、まじか」

「ふん、少しは誰の護衛をするのかって自覚がついて、怖気づいた? さっきあなたたちが見てたあの男は私の次に入試の成績が高かったわね。それでも、この差があるの。わかったら辞退してもいいわよ」


 実力も本物らしい。

 しかもスコアは先程の男よりも倍近い数字。


 とはいえ、クサツが報酬を得るにはとりあえずこれを乗り越えるしかない。

 第一試練と言ったところだろう。


「やり方は分からんけど、とりあえずあの物体を潰せばいいわけだろ?」

「待って、本当に何も知らないわけ……? 受付で説明されたはずだけど」

「え?」


 クサツはリンと視線を合わせる。

 が、リンも知らないのか、首を横に振った。


「あんたたち……」

「なんか、ごめん」


 そのあと、呆れながらもシズクはこのシステムについて説明してくれた。


 まず、先程の赤髪の青年が天井へホームランした物体。遠目では見えなかったが、あれは魔龍種の個体を模して作られた——通称【ADL(ドラゴン・オートメーション・ライフファーム)】と呼ばれている。

 だが、ADLは生き物ではない。あくまで内部には魔石という核があり、魔力で動く機械生命体らしい。


 頭から足にかけての攻撃方法はもちろんのこと、防御や回避などの動きも、ここ数年で出現し、討伐された数千という魔龍種の個体データから分析して作られている。



 今年の入学式で行われる実技試験には、その近年実用的になり、量産に成功したADLに用いた実戦にできる限り近付けた模擬戦である。

 でも、これは隊長の言っていた通り、あくまで個人戦。クラス分け前の実力テストである。


「要するに、あの【ADL】にどれだけのダメージが与えられるか、ってことね」


 奥を見ると巨大なモニターがあり、そこに赤髪の青年のスコアが表示される。

 その下には他の生徒たちのスコアも書いてある。


 シズクのスコアが桁違いなだけで、ここに入学できるような生徒たちでも、ほとんどが二桁らしい。


「……反則した?」

「失礼なやつね! この私が反則なんてするわけないでしょ。私にもプライドはあるの」


 どうやらリンは思ったことをそのまま言うタイプらしい。

 それを身に染みて理解しているクサツはリンの横で苦笑いを浮べた。


「はい、次はクサツの番よ。私のスコアを下回ったら本当にクビだからね」

「入学早々の試練にしてはかなりハードなんだけど……」


 三桁を超える生徒なんて一割もいないというのに。

 シズクとリンに見送られ、クサツは体を伸ばしながら指定された区画へと向かった。


 魔力を使うこと自体、何年ぶりかも分からないくらいらしい。

「とりあえず、頑張るか!」と、クサツは歩きながら覚悟を決めた。

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【神童】と呼ばれた元傭兵の引きこもり龍滅師(ドラグナー)、学長の孫娘を護衛をすることになりました。〜見えない《重力操作》で出来る限り目立たないように無双する〜 月並瑠花 @arukaruka

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