第3話 謎の少女
祭りの慌ただしい雰囲気にちょうど慣れてきた頃、校内に実技試験が始まるアナウンスが流れた。
『これから新入生の実技試験の受付を開始致します。新入生は直ちに第二体育館へ集合してください』
クサツはポケットの中で雑に四つ折りにされているパンフレットを取り出し、その場で広げた。
注意事項や式典の流れが書かれている表に対して、裏面には広大な校内のマップが書かれている。
それを見ながらふと、まるで遊園地だな、と通りすがりの生徒がマップを見ながら言っていたことを思い出した。
「遊園地って、こんな複雑なのか…ちょっと気になるな」
なんてボーっとしていると、新入生を急かす二度目のアナウンスが流れる。
「遅れたら変に目立つよなぁ、早めに行こう」
そうして第二体育館へ向けて校舎の中を探索するように走っていると、チラッと視界の端に人影らしきものが映りこんだ。
「……新入生?」
クサツよりも先に、こちらの気配に気付いて声をかけてきたのはあっちだった。
真新しいスカートを折って、膝を曲げて座り込むのは一人の少女。
日本人の容姿とは大きくかけ離れた雪のように白い髪に、目元まで伸びる前髪の間から見える赤い瞳。
その少女が本当は現実にはいないのではないか、なんて走る足を止めたクサツに錯覚させるほどの衝撃を与えた。
「えっと、あー、はい。今から第二体育館に向かうところだけど」
無論、クサツはコミュニュケーション能力が極めて低い。対人ならまだしも、その相手が女性となると、その能力はさらに低くなる。
女性関係とは経験が全て、と語る自称モテ男たちは言うけど、実際その通りなのである。
傭兵時代は比較的中年に近い男性、いわゆるおっさんとしか会話したことはないし、日本に帰ってきてもネカフェに籠ってゲーム三昧。
女性との対話経験はほぼゼロに等しいクサツにとって、これはかなりのハードイベントへの突入を意味している。
できるだけ早く避けたいところ。
さっきの先輩はあくまで店員と客の構図だったが、これは全く違う。
「で、君は? そのバッジ、僕と同じってことは君も新入生だよね?」
「……祭り騒がしくて、たまたま見つけた猫を追いかけてきたら、いつの間にかここに来てた」
見ると少女に身体に隠れていただけで、確かにそこには猫がいた。
野良猫にしては、かなり綺麗な毛並みをした三毛猫だった。
「私方向音痴だから…できれば、ついて行ってもいい?」
ふと猫に気を取られているうちに、少女は立ち上がり、クサツまでの距離をかなり縮めていた。
前髪の間から見える赤い双眸の上目遣いに、クサツは断るという選択肢が脳内から強制削除されたことを自覚した。
時間を巻き戻せるなら、今すぐにでもこのルートとは違うルートを選んでいるだろう。
でも、困っているのは見て分かる。第二体育館という目的地が一致している以上、ここで断るのもおかしい話だ。
とりあえず時間もないので、クサツは彼女と一緒に第二体育館へ向かうことにした。
「紫英りん」
「え?」
「……私の名前。貸し一つ、できたから」
体育館へ向かう道中、少女は自己紹介を始めた。
クサツと同じ、対人関係が得意では無いらしい。雰囲気から自分と同じタイプだというのを感じた。
「……あぁ、よろしく、紫英さん。別にこれくらい貸しだとも思ってないけどね」
「呼び方はリンで大丈夫。……あなたの名前も聞いていい?」
対人関係が苦手そうな雰囲気にしては距離感近い気もするけど、いまいちその距離感の平均すらもクサツは知らないので、その違和感が解決することはなさそうだ。
「僕は水延クサツ。見ての通り、あまり女性との会話には慣れてないんだ、紫英さん」
「リンでいいよ、クサツ」
「遠回しで下の名前はハードルが高いって伝えたかったんだよ、紫英さん」
「呼ばないと慣れない」
「そうだね、リンさん」
少し消極的な雰囲気だったはずの彼女は、話せば案外そうじゃないことがわかってきた。
そんなお互いを探るような会話をしているうちに、クサツたちは第二体育館へついた。
到着した時点で外まで新入生たちの行列ができていた。
自分たちの後ろまだまだ新入生が並んでいるところを見て、遅刻で悪目立ちしないことに小さく安堵する。
「ここで、何をやるんだろう?」
「それは僕も知らないけど。まぁ実技試験っていってるし、受験の時の試験みたいな感じで体力テストをするんじゃないかな?」
学長と隊長からの推薦入学をしたとはいえ、成績がないと怪しい上に、その事実に対する他の教師や生徒たちからの疑念の目もあるらしく、クサツは入学式前に、そのテストを終わらせていた。
もちろん結果は酷いものだった。
正規ルートなら入学どころか、受験しようとも思わないほどに。
そんなクサツのことを知るはずのないリンは容赦なくその黒歴史を掘り始める。
「クサツは成績よかった? 私、体力には自信ないから……」
「……はは、まぁ、僕も同じ感じだと思う」
この学園に入学できている時点で、僕より酷いなんてことはない、と言葉を飲み込み、クサツは片手で口を抑えて天を仰いだ。
「ちなみに、僕の事前評価はEだけど。リンは?」
「……私はB。体力以外は、頑張った」
「うへー、すごいな」
正直見た目から天才って感じがした。
「まぁ、僕もクラス分け前最後のこの試験でいい成績残して、Aクラスに入らなければならないから頑張るよ」
「……うん、応援してる。初めての友達だから、私も一緒にA目指すね」
「まさか、これが友達……? 隊長の言っていたやつか…」
「どうかした?」
「いや、なんでもないよ」
物心ついてから戦場で生きてきて、友達らしきものなんてできたことはなかった。
少し仲良く話した相手も、次の日にはいなくなっていた。
だからこうして友達と呼んでくれる存在ができたこと、それに対して感じたことの無い衝動がクサツの中で生まれた。
そして順番は進み、受付を終えてクサツたちはついに第二体育館に入った。
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