第2話 初めてのお祭

 学長から依頼を受けて二週間。


 迎えたのは入学式典である。

 前に来た時とは雰囲気が大きく違い、式典の日はたくさんの屋台が立ち並ぶ。


 学園で一番大きい第一体育館で学長の話を聞いた後、夕方の実技試験まで新入生たちには自由時間が与えられる。

 それがこの学園毎年恒例の、新入生へのおもてなしらしい。


 そしてクサツも、このもてなしを受ける一人の新入生であった。


「これが、わたあめ……? すごい、溶ける…」

「へへ、すごいでしょ! うちのわたあめ」

「す、すごいです」


 祭りに縁のない暮らしをしているクサツにとっては、全てが初めての体験だった。

 そんな中、初めに立ち寄ったのはわたあめの屋台だった。


 店番をしているのはこの学園の制服を着た女性だった。新入生なわけはないので、この人はおそはく先輩だろう。


「……本当に美味しいですね」


 クサツのあまり見ないような反応に思わず母性本能がくすぐられたのか、クサツは彼女に頭を撫でられた。


「きみ、可愛いね! うちのギルドに来る?」

「めっ! 和葉、式典中にギルド勧誘はご法度だよ!? ごめんね、新入生くん。酔っ払いに絡まれただけだと思ってさ、ほらほら他のところ楽しんどいで」

「なんでよー! 名前! 名前だけでも教えて!」

「えっと、水延クサツです」

「クサツくんね!? ばっちし覚えたから! 逃がさないからね!」


「さぁさぁ、私は大丈夫だから!」とクラスメイトであろうもう一人の女性に拘束される彼女を背に、クサツは逃げるように違う屋台へと向かう。


 時計を見れば、時間はまだ一時間くらい余裕がある。


「あれ、そういえばさっき財布出したっけなぁ」


 次はどの屋台にしようかとクサツが歩きながら周囲を見渡していると、ふとわたあめの代金を渡していないことを思い出した。

 引き返そうとした時、後ろから聞き慣れた声がかかる。


 直後、頭に馴染みのある重みが乗った。


「お前、またあのネカフェに籠っていたらしいな。小林からお前のこと全部聞いてるぞ」


 振り返ると、本日初対面の隊長がいた。


「いきなり声掛けないでください。というか、あの店、客の個人情報流しすぎじゃないですか?」


 今やクサツの行きつけであるネカフェの店員、小林。

 盗み聞きしていたのが隊長にバレたあと、色んな話し合いの末、二人は連絡先を交換して、今ではクサツの日々を報告し合っているらしい。



「とまぁそれはそうと、今日がお前にとっての難関とも言える日だ。ちとこっち来い」

「それはそうじゃないですけどね」


 クサツは残り二口くらいになったわたあめ片手に、人気のない校舎裏へと連れていかれた。

 構図だけでみればただのカツアゲである。


 裏に連れて行かれた時には、そのわたあめはクサツの口の中で溶けていた。


「で、わざわざなんですか?」

「なんだ、お楽しみ中だったか?」


 柄にもなく、チッと小さく舌を鳴らすクサツに、隊長はどこか安心したような表情を浮かべた。


 三年前も今も、変わらず。クサツはゲーム以外であまり感情を表情に出さない。そもそもゲーム以外楽しんでいること自体もあまり想像がつかない。

 だからこそ、最初は不服だったはずのクサツも、入学当日から楽しめているようで、少し安心してしまった。


「悪いな、仕事の話だよ。ナズナは入学試験での成績はトップだ。おそらくクラス分けもほぼ確実にAに振り分けられる」

「ちょっと待ってください、今から予習するんで」


 式典が始まる直前に渡されたパンフレットを広げ、それらしき場所をクサツは指でなぞる。


「……あー、Aは最上位クラスですね」

「そうだ。だが、現状だとお前はEクラスに振り分けられる。お前がやらないといけないのはまず、夕方に行われる実技試験でいい成績を残すこと。そしてお前自身もナズナと同じAクラスに振り分けられる必要がある」

「難易度高くないですか? 僕魔法適性も体力テストもかなり低かったですよ、この間の試験。大人のコネでどうにかなりませんか?」

「この学園は実力至上主義だからな。Aクラスに配属できたとしても、お前のやる気のなさはいつかバレる。お前がやる気を出せばうまく事は進む、あとは任せたぞ」


 バン、と強く背中を押される。

 やる気がないことは自覚しているクサツだが、魔法適正が低いのもまた自覚している。


 ネカフェ生活が傭兵期間を上回っているせいで、体力もかなり落ちている。おそらく筋肉などもほとんどない。

 クサツは細い自分の腕と、隊長の太い腕を見比べ、つい苦笑いを浮かべた。


「まぁそんなお前にも朗報だ。今年の実技試験では各個人戦での検査、その上『ギフテッド』を用いることが決定している。体力も魔法適性もないお前にピッタリだろう! がはは!」

「勝てば目立ちますよね。それにここにいる人たちって『ギフテッド』よりも魔法適性が基準で入学してるはずですよね。引きこもりの僕でも勝てますかね」

「まぁ、まず大前提として弱ければナズナの護衛は務まらん。金が欲しかったら強くなれ、それだけだ」


 面倒くさいとか、目立ちたくない、はこの仕事においては甘えだったのかもしれない。

 敵をただひたすらに、ゲームのように殺していくだけの戦場とは訳が違う。


 目的はあくまで護衛。


「まぁ、勝ちますよ。できる限り目立たないようにね」

「おう、その調子だ。時間まではこの学園を楽しめ。だが、一つだけ忠告をしておく——Aクラスになれなければお話にならない。そうなった場合はやむを得ない、退学とも思っていてくれ」

「……頑張りますよ」


 この時のクサツは想像としていなかった。

 できるだけ目立たないという目標が、入学初日に失敗するとは——。

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