第1話 依頼

 魔法大国——日本。

 アメリカや中国含む、全世界から見ても日本の国家戦力は群を抜いていた。


 そう呼ばれる所以、それは『ギフテッド』を持つ人間の数だった。

 近年その数を増やす魔龍種に対抗出来る『魔法』、それに加えて人間の潜在的能力を引き出す『ギフテッド』。

 言うまでもなく、その両方が扱えるものは少なくない。


 だが、『ギフテッド』は先天的要素が多い中、『魔法』は後天的要素がほとんどだ。

 才能の『ギフテッド』に対して、『魔法』は努力やセンスに分類される。


 故に、その『魔法』を学ぶべく作られたのが対龍魔法学園。


 しかし魔法大国と呼ばれるだけあって、他国に比べて日本の魔法学園のレベルはかなり高い。


 『ギフテッド』を持つ日本人の人口の一割に対して、名門の魔法学園の定員数はさらに一割と絞られる。故に倍率は高い。


 先天的能力だけでは生き残れない事実が、芽を出し始めたばかりの少年少女に突き付けられる。



「……まぁ、別に僕は最初から興味も好奇心も一切湧きませんでしたけど」

「そんなこと言うな、あくまでこれは仕事だからな」


 隊長と九重に案内されるまま、クサツは渋谷へと来ていた。


「それにしても、まさか隊長が教師をしてるなんてびっくりです」

「そうだろう、昔は俺もスパルタの鬼教官と呼ばれていたからな! がはは!」

「クサツくん、隊長は今年からですよ。この学園の教師になるのは」


 渋谷駅から徒歩五分の大都会にある対龍魔法学園。

 日本有数の名門魔法学園の一つで、学問における偏差値は70を越え、それに加えて『ギフテッド』と『魔法の適正』が必要とされ、日本の魔法学園の中でも最難関だと言われている。


 九重さんの説明通りならここが日本で一番の魔法学園と呼んでも遜色ないというわけだ。


 大都会にあるというのに、その土地は満遍なく使われ、三つの巨大な体育館に加えて、さらにその三つの体育館を合わせても及ばないほどに大きな運動場まであるらしい。


「都会にこんなもん、って思っただろ、クサツ」

「まぁ、思いましたよ、さすがに」


 この正門を見るだけでみんな思ってしまうんじゃないだろうか、とクサツは思う。

 そんなクサツの表情から心の中を見透かしたように、苦笑いで隊長は続けた。


「あいつらは都会に出るんだよ。獲物が大量にいる都会によ」

「そうですね、前もそうでした」

「だからこうして人間の土地切り開いてでも、あいつらに対抗するための学び舎を作ってんだ」

「深いっすね」

「お前思ってないだろ! ……クサツ、覚えてるか? 三年前のこと」


 三年前と聞いて、隊長とクサツの中で、思い出される事象は共通して一つだけだった。


「僕と隊長以外、みんな死にましたね」

「はは、そうだな。お前がいなけりゃ、俺も死んでたぞ」


 笑って返事ができる話ではないことは、二人の会話を後ろで聴きながら歩く第三者の九重が一番分かっていた。

 でも、そこが二人の人生のある意味大きな分岐点だったのかもしれない、と九重はしんみりとした空気の中、どこか納得してしまう。


 でも、少し居た堪れない雰囲気になっていくのを感じた九重はすぐに明るい話題に切り替え、その歩を進めた。




「ここだ、気を引き締めろよ」


 門を抜け、案内されたのは学長室だった。

 広い校内をおそらく数キロは歩いたはずだ。


 数多のネカフェを巡り、引きこもってきたクサツにとっては、この数キロの距離は傭兵時代の過酷な訓練を彷彿とさせるほどだったらしい。

 今では、隊長と九重の背中を追うように、かなり後方で息を切らしている。


「バレないように【ギフテッド】使ってると思ったが、そういうわけではないようだな。褒めてやる」

「使用禁止って言ったのは隊長でしょう……」

「今もスパルタだって言ってなかったか?」


 そう言ってクサツを労ったあと、隊長が目の前の扉をノックし、開けた。


「失礼します」


 先程までの雰囲気とは打って変わり、中に入ると空気は少し重く冷たい。

 中を見ると白髭を生やした如何にもって感じの老人がいた。


「よく来てくれたのう、水延クサツくん」

「……えっと、はい……まぁ半強制ですけどね」


 そう返事をした瞬間、頭のてっぺんに衝撃が走った。

 懐かしいこの感覚、隊長のゲンコツである。


「痛いです」

「俺に舐めた態度は許してやるが、学長にその態度は許さないぞ。次は二発打ち込む」


 クサツの中では至って真面目。なんなら嘘偽りのない受け答えしたつもりなのだが、それは失礼に当たるらしい。


 ぶつぶつとクサツが不服そうにしているのを見て、学長と呼ばれる老人は笑った。


「ほほ、日下部先生。ワシは彼の素が見たいからのう。そんなに気にしなくてもよいぞ」

「はぁ、分かりました」


 隊長から最終忠告だと言わんばかりにアイコンタクトが送られる。

 これは僕が悪いんだろうか、と思いながら、再び学長による質疑応答が始まった。



「本当に面白い子じゃなぁ」


 軽く僕の素性をさらけ出した後、話は本題に入った。

 隊長によると、これはかなり報酬金が用意される仕事らしい。内容は直接対話でのお楽しみということで、クサツにはまだ何も聞かされていない。


「――君には、ワシの孫の護衛が頼みたくてな」

「護衛、ですか? しかも学長の孫を?」

「そうじゃ。昔から体内の魔力濃度が高く、魔龍種に目をつけられやすい。もちろん人間からも、じゃがな」

「魔龍種なら分かりますが……人間から、ですか?」

「そうか、クサツくんは日本に来てまだ浅いのか? 詳しい話はまた日下部くんから聞いてくれたまえ。前任で護衛を務めてくれていたのは彼だからのう」


 隊長はクサツと同じく、日本人の傭兵として海外の戦場へと出向いていた。

 クサツが出会ったのは四年ほど前だった。三年前、初めて人類が魔龍種の存在を捉えたあの戦い以来、隊長の行方もクサツも知らなかった。


「半年前に話した時は教えてくれなかったですね」

「そりゃ、極秘任務だからな」

「なるほど。それでも僕には話してほしかったですけど。……でも、なんで隊長の後任が僕なんですか? 僕、勉強も魔法も苦手なんですけど」


 十歳で両親に海外で捨てられて以来、残念なことに義務教育すら受けていない。

 傭兵時代に稼いだ金のみでネカフェに引きこもってゲームをしている、クサツの日々はそんな感じだ。


「やりたくないだけだろう。天性の面倒くさがり屋で、昔から極力目立ちたがらないからな、お前は」

「まぁ、そこは無自覚ですけど」

「……それでも俺は、今後の人類の未来をお前に賭けたいと思っていてな」

「僕に? なんか、少し大袈裟な言い方ですね」

「あくまで仕事だが、お前にはこういうチャンスも必要だろうと思ってな。大きなお世話かもしれんが、金はやるから青春してこいって意味だ。そしたらお前の力の使い道も見つかるかもしれんしな!」


 青春、力の使い方、仕事……結局何をしたらいいのか、クサツはいまいちピンと来ていなかった。

 それを察してか、隊長は続けた。


「初めて現れた魔龍種を倒した時のお前の声、最高に楽しそうだったぜ」


 生きるためにお金を稼いで、生きるために戦っていた。

 人生楽しいことはゲームの世界だけだと思っていたクサツ。だが、そんな現実に突如現れた巨大なドラゴン。


「いや、多分気のせいですよ。あの時はゲームでハイスコア更新したばかりで……」

「あー、はいはい。いつも屁理屈はいらん。とりあえず、お前の力の使い道は決めてやった。この依頼を受けるかどうかはお前次第だ」


 戦いなんて無意味だと思っていた。

 戦いに使う魔法も、生まれ持った才能も。


「……はは、隊長。いや、学長その依頼受けてやりますよ。守ってあげます」

「なんでお前がそんな上から目線なんだよ。口の利き方には気をつけろ」


 頭に二発のゲンコツめり込む。

 痛みは確かにあるが、今はそれよりも、久々に感じる胸の高鳴りを自覚した。


 ゲームでハイスコアを狙う時に感じる”それ”とは違う。

 あの魔龍種が現れた時の、湧き上がる戦闘欲求に近い感覚。


「ほほ、では頼んだ。水延クサツの入学を認めよう」


 こうしてクサツは、日本一の対龍魔法学園への裏口入学を果たすことに成功した。

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