【神童】と呼ばれた元傭兵の引きこもり龍滅師(ドラグナー)、学長の孫娘を護衛をすることになりました。〜見えない《重力操作》で出来る限り目立たないように無双する〜

月並瑠花

プロローグ


 ——上空380m



 そこに”1人の少年”がいた。


「……ちょっと寒い。上着、必要だったかな?」


 そう独り言を呟く少年の身体にパラシュートらしきものはついていない。

 だからといってプロペラのような機械的な補助装置も見当たらない。


 だが、その姿が不可解なのはそこではない。

 少年の身体は落下しているのではなく、その場に留って、もはやスーパーマンのような浮遊をしている。


 そんな少年の手には、小さな両手に収まるサイズの携帯ゲーム機が一つ。


「焦げ臭いなぁ…ここまで匂いってするもんなのか」


 ゲーム機から目を離し、一度『地上』を見ればここが戦場だと教えてくれる。

 森林の間から見えるのは月の光を打ち消すような眩い炎と、この位置にまで少し遅れて届く爆発の音。それら全てが、この戦場こそが現実だと知らしめる。


 動かなくなった黒い点は先程まで戦っていた人たちの死体だ。

 もはや、この位置からではどっちが味方でどっちが敵かも分からない。


 鼻をつんざく匂いに呆れるように、少年は大きなため息を吐いて、視線をゲーム機へと戻した。


 齢十二にして、いくつもの死線をくぐり抜けた経験則を得た上での結論。


(こんな戦い、無意味でしかないよな)


 戦いとは無意味だということ。

 人間同士の戦いになれば、少年の持論はさらに説得力が増すだろう。


 ——ザザッ


『おい、クサツ。いつまで上空から傍観してるつもりだ? 金払ってんだからさっさと戦いに参加しやがれ』


「はぁ、別に僕いなくても多勢に無勢で余裕でしょ。それに僕はあくまで作戦の切り札って話ですよ。ほら、必要になったら呼んでください」


『あァ!? 隊長に向かってこのクソガキがっ! この戦いが終わったら覚えてやがれよ。これだから”神童”とかいって持て囃されるガキを相手するのは嫌なんだよ!』


 腕につけた無線機から聞こえてくるのは隊長の声だった。

 声からいつも怒り顔が目に浮かぶ。


 少年は隊長の声を無視して、再びゲームを再開する。

 数分くらい経っただろうか。


 爆発音が止み、先程とは違う音が地上から響いてきた。


 ——ザザッ ザザザザッ


『お、おいクサツ、お前んところからこれが見えるか?』


 聞こえてくる隊長の声は先程の怒り声とは打って変わって、何かに怯えたような声。

 クサツが面倒くさそうに地上を見ると、それは確かにそこにいた。


 まるでファンタジー世界から現れたようなその巨躯は、一瞬にして隊長含む人間を吹き飛ばした。


 もはや自然災害そのものだった。

 地震、台風、噴火、その全てが同時に起きたような。


「なっ…ドラゴン…?」


 敵味方なんて関係ない。つい数分前まで戦場だった地上は、突如として地獄へと移り変わった。

 だが、上空から見下げた少年の目に浮かぶのはまるで好機の色だった。


 気付けば無線機から聞こえていた隊長の声は途絶えていた。

 でも、こんな非現実的な光景を、クサツは心の底から待っていた。


 ゲーム機を空中へ放り投げて、新しいおもちゃを見つけたように大きな声でその場から自由落下を始める。


「——最高じゃ、ないかぁ!!!!」


 この瞬間を待っていたと言わんばかりに、クサツは一気に高度を落とした。

 その”重力”で勢いをつけるように、クサツの一撃が巨大なドラゴンの体目掛けて突き刺さる。



 ◇ ◆ ◇



 三年前。

 アマゾン上空に突如として現れた新種の生き物。


 人々はその見た目から、漫画や神話における伝説上の生き物からなぞってドラゴンと呼び、正式名称を『魔龍種』と定めた。

 アマゾンに現れた赤い鱗を持つ魔龍種を皮切り、世界の各地にその姿を現し始め、いつしか人類はそれに対抗するようになっていた。


 世界は襲いかかる魔龍種に対抗すべく、人類はここ数年でその数を増やしつつある特殊変異を遂げた人間が持つ能力『ギフテッド』の研究に力を注いだ。


 そしてその研究の末に生まれたものこそ。

 人間が数百年の間に生み出した兵器では歯が立たなかった魔龍種に対して、唯一有効打となる『魔法』と呼ばれるファンタジー世界の王道的存在だった。


 近年その出現数を増やす魔龍種を一匹でも多く狩るために、『ギフテッド』を持ってない人間でも魔龍種に対抗できるようにするために。


 日本は世界で一番早く魔法の研究に取り組み、今では魔法大国とまで呼ばれるほどの国家戦力を得た。


 そんな魔法先進国、日本の首都——東京。

 人が賑わう新宿のビルの一角にあるネットカフェに、その少年クサツはいた。


「お客様〜、あの〜、少し音量を下げてもらってもよろしいでしょうか?」

「あー、すみません」


 店員は部屋から出てきた少年を見て思う。

 身長は小さめだが、顔や体つき的に高校生くらいだろうか、と。


 既にここに滞在している時間は三日を超えている。なんなら今日は平日の木曜日である。青年がここから学校に行った形跡はないし、部屋の中にそもそも制服すら見当たらない。

 見れば飲み放題コーナーにあるコップがいくつかと、少しばかりの異臭を放つカップラーメンのゴミが山になっている。


 放置しても大丈夫なのだろうか、と店員はさらに疑問に思う。必要であれば警察を呼ぶのも仕方がない。


(これがおっさんならすぐに追い出すんだけどなぁ……)



「君、高校生? 学校行かないで大丈夫?」

「……?」


 青年の反応に、何かまずいことを言ったのかと思ってしまう。

 確かに余計な一言ではあるが、ここは客と店員ではなく、あくまで人生の先輩として一応アドバイスをしといた方がいいと思った。


「僕が言うのもなんだけど、昼間から学校行かずにこんな所にいちゃ——」

「大丈夫です。帰る家もないし、行く学校もないけど、お金だけはあるんで」

「あ、あぁ…そうですか。ご、ごゆっくりどうぞぉ〜……」


 小さくグッ、と親指を上に突き出すジェスチャーに、本当に余計なお世話だったんだなと店員はその部屋から離れようと振り返った瞬間。


 誰かにぶつかった。


「あ、大変申し訳ありまっ……」


 見ると部屋の仕切りを超えるような身長で、筋骨隆々のマッチョ男が一人。

 そしてその後ろには小柄な女性も一人。


 遠近法か、あるいはただただ男の方がデカすぎるだけだろうか。女性が中型犬くらいのサイズに錯覚してしまった。


 すぐさま謝ってその場から逃げようとする店員を横目に、マッチョ男は少年の部屋を覗いた。


 カツアゲか!? と思ったが、男の顔は至って笑顔だった。

 意を決して止めに入ろうと思ったが、その必要はないらしい。


「荒らしてるなぁ、クサツ」

「久しぶりですね、隊長。あと後ろにいるのは……九重さん?」

「なんでいつも私の名前忘れてるんですか!?」


 どうやら顔見知りらしい。

 もはや住む世界が違うようなマッチョ男と、不思議な少年の会話に、店員は思わず盗み聞きを始めた。


「半年前に飯食いに行って以来か? まだこんな生活を続けているとはな」

「そうですね、リアルの戦いには飽きたんでのんびりスローライフです」

「こんな大都会の、人がうじゃうじゃいるネカフェではスローライフなんて言い方しねぇぞ」

「虫みたいな言い方やめてください」


 少年は相変わらずマイペースな口調。

 それに対して、隊長と呼ばれたそのマッチョ男は思いの外柔らかい口調をしている。


「で、スローライフ満喫してる僕になんの用ですか? クソガキって言われたこと忘れてませんからね」

「まだ根に持ってんのか! まぁ話ってのは、簡単に言えば金になる話だよ」

「別にお金に困ってないですよ。その話を僕に持ってくるには五年、いや十年早かったですね」

「相変わらずおもしれぇな」


 がははは、と大きな声で笑う隊長。すると、少し迷惑そうに他の部屋にいる人がこちらに視線を向ける。

 注意しようにも、盗み聞きしてる罪悪感からそれはできないらしい。


「たった三年。それをやり遂げるだけで一周遊んで暮らせる金になる。それと、お前の好きな現役学生の声優とやらにも会えるぞ」

「なっ!? …一応話だけでも聞こうか?」

「ははっ! ほんっと、面白いやつだな。いいだろう、とっておきの依頼だ、よく聞けよ」


 店員は二人の会話を聞いて思った。

 この少年、本当に大丈夫なのだろうか、と。

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