後期高齢者のための洗濯請負人

高秀恵子

後期高齢者のための洗濯請負人

洗濯ネットに縫いつけてある、名札の部屋番号とゲストの氏名を確認する。洗濯台帳に部屋番号と名前を書く。ファスナーを外して中身を床にぶちまける。私は汚れて少し湿った洗濯物を、靴下・下着・洋服・タオルに選り分けた。靴下は紫色の無地が1足とグレーに縞模様が1足。洗濯台帳の『靴下』の欄に『紫・無地1』『グレー・しま1』と記入して、靴下を再び洗濯ネットに入れた。

 次は下着。下着は大変だ。洗濯表示の余白に名前が書かれているのか襟元に書かれているのか、それとも裾に書いてあるのか、それぞれ違う。文字が薄くなっているものもある。私は洗濯ネットの氏名と照らし合わせて名前を確認し、薄くなっていればマジックで慎重に名前を書き直して洗濯機に入れ、洗濯台帳に枚数を書く。シャツが1枚でパンツが2枚だが台帳には「3」と記入する。

 セーターを触る。カチンと音がした。金メッキのブローチが付いている。ブローチを外し台帳の備考欄に『ブローチ1つ』と記す。セーターを裏返し洗濯表示を見る。悪い予感通りカシミヤ100%。イラつく。乾燥機には入れられない。洗濯台帳の備考欄に『茶セーター・カシミヤ外干し』と記入する。ズボンはポケット点検が手間取る。全てのポケットに手を入れ、中に何か残っていないか確認し、持ち主の名前の記入も見つける。

 私は老人介護施設のメイド。施設の清掃・洗濯・シーツ交換など高齢者の身体的精神的な直接介護でない仕事が担当だ。ヘルパー以上に誰にでも出来る、資格の要らない単純労働とされている。しかし長続きしない仕事でもある。現に私を入れてメイド3人のうち、他の1人が辞めたがっていると私はヘルパーから聞いた。

 縫いつけてある、名札の部屋番号とゲストの氏名を確認する。洗濯台帳に部屋番号と名前を書く。ファスナーを外して中身を床にぶちまける。私は汚れて少し湿った洗濯物を、靴下・下着・洋服・タオルに選り分けた。靴下は紫色の無地が1足とグレーに縞模様が1足。洗濯台帳の『靴下』の欄に『紫・無地1』『グレー・しま1』と記入して、靴下を再び洗濯ネットに入れた。

 次は下着。下着は大変だ。洗濯表示の余白に名前が書かれているのか襟元に書かれているのか、それとも裾に書いてあるのか、それぞれ違う。文字が薄くなっているものもある。私は洗濯ネットの氏名と照らし合わせて名前を確認し、薄くなっていればマジックで慎重に名前を書き直して洗濯機に入れ、洗濯台帳に枚数を書く。シャツが1枚でパンツが2枚だが台帳には「3」と記入する。

 セーターを触る。カチンと音がした。金メッキのブローチが付いている。ブローチを外し台帳の備考欄に『ブローチ1つ』と記す。セーターを裏返し洗濯表示を見る。悪い予感通りカシミヤ100%。イラつく。乾燥機には入れられない。洗濯台帳の備考欄に『茶セーター・カシミヤ外干し』と記入する。ズボンはポケット点検が手間取る。全てのポケットに手を入れ、中に何か残っていないか確認し、持ち主の名前の記入も見つける。

 私は老人介護施設のメイド。施設の清掃・洗濯・シーツ交換など高齢者の身体的精神的な直接介護でない仕事が担当だ。ヘルパー以上に誰にでも出来る、資格の要らない単純労働とされている。しかし長続きしない仕事でもある。現に私を入れてメイド3人のうち、他の1人が辞めたがっていると私はヘルパーから聞いた。

 私は看護師と鍼灸師の資格を持っている。本来なら施設の看護業務もリハビリの仕事さえできる。できないのはうつ病のせいだ。長引くうつ病に対して主治医は、私にはもう対人関係の仕事は無理だと宣言された。そして精神障害者手帳の申請を勧められた。今、私は障害者枠でこの老人ホームに雇用されている。障害者は働く側も雇用する側も大変だ。

 私は1週間、うつ病が悪化し突然仕事を休んだ。

 冬になると私は調子が悪くなる。薬を微調整してもらい、TVもネットも読書さえ止めて早寝をしても心身が苦しい。気力が出ない。着替えて朝食を詰め込み靴を履いたとき悪寒がした。私はトイレで嘔吐した。精神科の薬も吐き戻した。私はその場からスマートフォンで職場に連絡を入れ、休む趣旨を伝えた。

 私は寝込んだ。熱はない。とにかく眠い。冬季うつ病は眠たくなるのが特徴だ。主治医は長期の休暇の必要はないという。

 しばらくぶり出勤するとメイド部門がもう大変だった。メイドの1人がインフルエンザで、もう1人は子どもが入院して休みだという。洗濯物が溜まっている。「洗濯業務を優先してやって下さい」と施設長から指示があった。「メイド部門は呪われている」と施設長は呟いたらしい。

 介護保険法では入居者の居室清掃は1週2回、シーツ交換は1週1回と定められている。洗濯は1週2回だ。メイドを置かずヘルパーが清掃も洗濯も請け負う施設も多い。狭い洗濯室に洗濯物は渦のように集まっていた。

おそらくヘルパーは通常の業務に加え、シーツ交換や居室清掃を行っているのだろう。

 私は天から罰せられたかのような気持ちで洗濯の仕事に打ち込んだ。3台の洗濯機で5名分の洗濯を行い、1台の業務用乾燥機で乾燥させ、乾いた洗濯物を5つのカゴに洗濯物1つ1つの名前を確認して選り分けて入れ、そして最終的に名前を1枚ずつ確認して畳んで洗濯台帳の数と照らし合わせて、洗濯ネットに仕上がった洗濯物を入れる。そしてヘルパーステーションへ届け、ついでにゲストの入浴後に出る、次の汚れ物を回収する。

 洗濯物が溜まっているので私の仕事は定時で終わらない。私は残業申請をしたが認められなかった。私のうつ病を考慮してなのか、残業手当が出せないのか分からない。私はタイムカードを定時に押し、闇残業をした。

 木曜日と土曜日が私の定休日だ。2人のメイドは復帰しない。洗濯物は溜まるばかり。土曜の休日、私は憂鬱な気持ちに覆われた。

 明日も職場に行って仕事をしないといけない。私は一日中パジャマのままで寝込んでしまった。夕方には緊張とストレスのあまり嘔吐した。明日、仕事を休もうか? 

 私は入浴し、パジャマから普段着のトレーナーとズボンに着替えて、そのまま床に入った。明くる日の着替える時間を少しでもタイパするために。

 1本でも2本でも早いバスに乗って通勤し、闇早出をしよう。他のメイドやヘルパー、そして何よりゲストの高齢者達のためにも。

 明日は出勤しよう。私は決意した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

後期高齢者のための洗濯請負人 高秀恵子 @sansango9

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画