8 紫月海音その2
それでいて、紫月さんは独特な格好をしていた。
ほとんどのパーツが黒と白で構成され、生地のすそにはフリルがこれでもかとあしらわれており。
彼女の頭の上にも、ブリムと呼ばれるものがちょこんと乗っかっていて。
つまるところ――紫月さんはメイド服を着ているのだ。
全男子の夢ともいえるメイドさんによるお出迎え。しかも相手は超のつく美少女ときた。
ちなみに言っておくと、僕の家はお金持ちじゃない。普通の会社員である父親が買った、よくあるローンつき住宅である。
その両親はというと現在、自宅にはいない。遠くの方に出張してる父親と、母親がそれにつきそう形となっていて。
だからいまは僕と紫月さんの二人暮らしになる。彼女が僕の家に暮らしてるのには理由があるのだけど、それはいったん置いておいてだ。
――メイド姿の紫月さんが美しすぎる。願わくばずっと眺めていたい。
「お荷物、お預かりします」
「あ、うん……」
そんなこちらの思惑など知るはずもなく。見惚れてしまうほどの笑みから一転、無を貼りつけたような表情に切り替わった紫月さん。
相変わらず短――儚いなぁなんて思いつつも、彼女の言葉に従っていく。手持ち無沙汰になったところで、紫月さんに話しかけられた。
「今日もお楽しみだったみたいですね」
「えっ、どうしてそう思うの?」
「匂いでわかります。ご主人さまからは、彼女と似た匂いがしますので」
言われるがまま嗅いでみるとたしかに大波多さんっぽい匂いがする。シャンプーやボディーソープを借りたせいだろう。
いうて本人はもっといい匂いがするんだけど、言ったら変態と罵られそうなので口をつぐんでおく。
紫月さんと連れ立って敷居をまたぎ、二階へと向かう。左側の奥にあるのが僕の自室だ。
室内に入ると、後ろにいた彼女が手を伸ばしてきた。
「ご主人さま、お着替えをお手伝いさせていただきます」
「う、うん……お願いします」
すぐさま直立不動の体勢になりながら、紫月さんに身を預ける。彼女は慣れた手つきで僕の制服を脱がし、用意してあった部屋着に着替えさせてくれた。
最初のころは抵抗があったのに、経験は人を変えるというか。いまじゃこの瞬間を心待ちにしている自分がいるんだもんなぁ。
……三大美姫のひとりである紫月さんを、至近距離でじろじろ見られるというオプションがついてるせいかもしれないけど。
「これでよし、と……はい、終わりました」
「紫月さん、いつもありがとう」
「お礼など結構です。これも仕事のうちですから」
彼女はなんでもないようにそう言ってのける。
仕事とは口にするが、僕はべつにお金を払ってるわけじゃない。無償で彼女から施されてるだけ。
住んでる理由が理由なだけに、気を遣ってるのかもしれないけど。
だからメイドなんて役に徹してもいるんだろうな、なんて嬉しいやら悲しいやらな感情を抱く僕をよそに、紫月さんはいつものお澄まし顔を貼りつけながら、言葉を続けた。
「それでご主人さま、ご褒美オプションはどうなさいますか?」
「え? あ、着替えがちゃんとできたご褒美だっけ」
「はい。私からご提案させていただくのはハグor膝枕となりますが、ご主人さまからのご要望があればお聞きします」
「うーん……あ、そうだ。紫月さんに宿題をみてほしいかも」
「……ご主人さま、ご褒美オプションですよ?」
「うん、だから要望を出してるというか……ダメ、かな?」
「べつにダメじゃないわ――じゃないです」
いま一瞬、素に戻ったけど、どうにか取り繕ってみせた(?)紫月さん。僕としては普段通りに話してもらっていいんだけど、彼女としては役割ごとにきっちり分けたいらしく。
そんな真面目過ぎる紫月さんの一面が垣間見えたことに頬っぺたを緩めつつ、机に向かって勉強道具を広げていった。
オモテの顔は学園の三大美姫、ウラの顔は僕の○○ のりたま @kirihasan
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