Scene4『なつく』
――なんか最近さぁ、美麗さん楽しそうじゃない?
そんな囁き声が聞こえて、私はハッとした。
思えば最近、ずっとスマホを弄っている。相手は勿論高村くんだ。ちなみに彼を除けば、普段から連絡を取る相手なんてカオリくらいなものである。
――彼氏でもできたのかな
教室の中央を陣取る男女グループのそんな噂話が聞こえて、教室後方からギギッと椅子を引き摺る音が聞こえた。振り返ると、高村くんが机に突っ伏している。どうやら縮こまりたい気分のようで、彼は椅子に座りながらできる限り小さく丸まっていた。
わっかりやすいなぁ~、なんて関心してスマホを仕舞おうとしたが、あんな体勢でもちゃんと返信が来るのだから、マメというか器用な奴である。
『俺、もしかして今目立ってる?』
『大丈夫だけど、ちょっと変』
『うそ……でも今顔上げらんない』
『耳も赤いよ』
『もうやめて』
可愛い奴め、という言葉は心中だけに留めておく。私は最近、高村くんに馴染み始めている。彼は文字だとテンパらないので割とスムーズに会話できるし、私との会話に慣れてきたのか、ちゃんと対等な態度で話してくれるので普通に楽しい。
「もうさー、この場に呼んだら?」
昼休み中、時々スマホを弄ってしまう私を見かねて、カオリがそんなことを言った。
「え、いいの」
「私は構わんよ」
「高村くんいいって言うかな」
「どうだろうねえ」
「一応呼んでみよ。……速攻で既読ついたけど返信来ないわ」
「迷ってるんだねぇ。なんかさ、話聞いた感じだとおどおどした人ってイメージしかないんだけど、それでもあんたが懐いてるの珍しいね」
「まあね! いい人だった。あのね、下心がないっていうか」
「そんなことあり得る? だってあんたのこと好きなんでしょ?」
「そういうのじゃなくて、えーっと、どろどろした感じがない、っていうか」
「あー」
「まだ多分、私のことは、好きでいてくれてるんだと思う。多分。だけど、無理して手に入れたいとか、そういう自分本位の気持ちはない気がして」
「うーん、そっか」
「分かんない。隠してるだけなのかも」
「どうだろうね。でもさ、高村くんも男の子だからね?」
「そうだね」
同意はしたものの、いまいち実感がないまま昼休みが終わりに近づいていく。ベルが鳴った直後に来た返信は、『悩んでたら休憩終わっちゃった、ごめん』だった。
まあいい、どうせ放課後に会うのだから。ここのところ、放課後は二人で帰るのが日常となりつつあった。
「俺さ、ちょっと、怖い」
「なんで、何が?」
「こうやって、美麗さんが、仲良くしてくれるのが……」
「なんじゃそりゃ」
今日は高村くんが本屋に寄りたいと言ったので、二人で近所の本屋に入った。私、これでも意外と本は読むのだ。極度の偏読家だけれど。
「へえ、高村くんって意外とそういうの読むんだ」
「現代文学って読み出したの最近なんだけど、結構ハマっちゃって」
「芥川賞取った人?」
「そう」
「その本読んだらあらすじ教えて、面白そうだったら読んでみる」
「分かった」
現代文学は殆ど読まないけれど、それでも気になる背表紙は手に取ってしまう。本の感触が好きだ。背表紙に指をかけて、スッと引き抜いた時の感覚。ページを開いて、薄い紙がひらひらと舞っていく景色、音。勿論、インクも好きだ。
「……美麗さん?」
「んー?」
「何読んでるの?」
「好きな作家の本。結構昔の何だけど……」
現代文学は殆ど読まないと言ったが、ほぼすべての本を買い漁ったほどハマった女流作家が一人だけいる。時間をかけて三部作を揃えた人も一人いる。その人も女性だ。中学生の頃、本の海を漂いながら見つけたその小説の登場人物が素敵だと思った。こんな人になりたいし、こんな人に会えたらいいな、と思った。
ふと、私は隣に立つ高村くんを見上げた。彼って、ちょっと小説の登場人物みたいだ。
「どうしたの?」
「ううん、待たせてごめん」
「待ってないよ」
彼はとても紳士的だ。そして今日も重たい前髪と影で目元を隠している。猫背も酷い。どこに居ても、好奇の対象にされがちだ。
「高村くんは、もう買い終わったの?」
「うん」
「んじゃ、行こっかぁ」
「あの、付き合ってくれて、ありがと……」
「いーえ。私も本屋行きたかったから、楽しかったよ」
帰路につくと、帰宅途中のサラリーマンや学生など、様々な人とすれ違う。不躾な人たちは高村くんのどんよりとしたオーラに驚いた顔をして、そして私を見て不思議そうにする。そういう目には、彼も気づいていたのだろう。住宅街に入った時、隣から暗い声がかかる。
「……俺といるの、恥ずかしいでしょ」
「え? ……そんなことないよ」
「嘘だ」
「本当。大体、私が一緒にいたいと思う人といるだけ。そこに他人は関係ないよ」
「……そ、か」
「まあ、猫背は直してもいいかもね!」
茶化すようにそう言うと、彼も小さく笑ってくれた。そんなこんなで家に着く。アパートの金属製の階段を上がって、二階の通路から高村くんに手を振る。
「また明日ねー」
「あ、明日は土曜日だよ」
「あそっか、じゃあまた週明けに!」
「うん……また」
彼は小さくだが手を振り返してくれて、リュックの肩紐を握り締めながら、自分の帰路へと着いた。私は手すりに肘を突いてぼけーっと、その後ろ姿が小さくなるまで眺めていた。
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