Scene3『はまる』

 翌日の放課後、私と高村くんは一駅隣のマックに来ていた。何故翌日なのかというと、昨日高村くんを誘ったら、「今日はちょっと……あ、明日なら」と言われたからである。


「高村くんさー、なんでそんなにびくびくしてるの?」

「だ、だって……緊張、してるし」

「普段からそんなんだっけ?」

「い、いや……美麗さんの前、だけ」


 あぁ、言われてみれば確かにそうかもしれない。普段の高村くんは暗い雰囲気こそあれど、こんなにテンパってはいなかった気がする。あまり思い出せない。自分が普段、いかに他人を気にかけていないかほとほと思い知らされる。


「あの……なんで、俺のこと誘ってくれたの?」


 ずずっ、とコーラを啜る高村くんは、本当に不思議そうにそう尋ねた。


「なんで、だろう。……友達になれそうだった、から?」

「と、友達」

「いや、付き合うにしてもなんにしても、まずはお互いのことを知らないとね。高村くんは私のこと好きって言ってくれたけど、話してたらそうじゃなくなるかもしれないよ」

「……」

「思ったような人じゃなかった、とかさ」

「……そんなこと、ぜ、絶対にない」

「言い切れないじゃん?」

「分かってる。美麗さんなら、そう言うだろうな、って思ってた。だから、俺、時間かかってもいいから……」


 視線を逸らしながら、それでも確固たる意志はあるらしい高村くんに、私は少し冷静になった。なんで? 理解ができない。その決意自体が一時期的な恋心だとは思わないのか。だいたい、いつから好きだったのだろう。


「いつから私のこと好きだったの」

「……入学してすぐの時だから……えっと、一年半前、かな?」

「えっ、そんな前!?」


 思わず大声を出してしまって、慌てて口を押さえた。

 なんで? てか、何きっかけ? そう問うと、彼はまたもじもじしながらこんなことを話してくれた。


「その……実は俺たち、去年も同じクラスだったんだけど。それで、最初の頃は、上手くクラスに馴染めなくて。浮いてるな、って自分でも分かってたし、でも人に声かけるとかも、できなくて。そんな時、席替えで、美麗さんが前の席になってさ……。それで俺に、『消しゴム貸して』って。普通、キモいと思うじゃん。俺みたいな見た目の奴。なのになんの躊躇いもなく、けろっと笑いながら……。なんで? って思った。皆から避けられてると思ったのに、この人はなんでって。それで、美麗さんのこと見てた。良いとこも、悪いとこも知って、どんどん好きになって、もう、どんどんハマっちゃって……」

「う、うん……?」


 最後の方の声量は、最早独り言の域に達していてはっきりとは聞き取れなかった。 


 とにかく彼は、私が思ったよりもちゃんと、私のことを好きになってくれたんだというのは理解した。消しゴムのエピソードは正直覚えてなかったけど、去年も彼と同じクラスだったのはちゃんと覚えている。


「あの、顔隠してるのって」

「誰とも、関わらないつもりで……」

「人避けかあ」


 ちょっと納得。高村くんが格好いい人であることは、この前の帰り道で分かった。きっとモテたのだろう。猫背を直すだけでも、多分二、三人の女子は彼に寄っていくだろうってレベル。


 私はそれ以上の質問はしなかった。マックのコーヒーは苦いなー、なんて思いながらポテトとコーヒーの無限コンボを楽しんでいると、高村くんがぽつりと、「俺も質問していい?」と言った。


「どうぞ」

「えっと、答えづらかったら、無理しないで。この前送ったアパート、本当にあそこに住んでるの?」

「勿論」

「その、一人暮らし?」

「うん」

「あ、危なくない?」

「まあ、ね。でも近くにおとんがいるから、何かあったら助け呼ぶよ」

「近くにって……その、何か、訳があって、一人暮らししてるの?」

「……んー」

「ごっ、ごめん、言いづらかったら、無理しなくていいから」

「ううん、えっと、どう説明しようか考えてただけ。あのね、私の地元って凄い離れてるんだけどさ。おとんがこの町にいるからってことで、ママも一人暮らしをなんとか了承してくれたの」

「そ、そうなんだ」

「アパートに関しては、まあ仕送りの範囲内でやりくりしなきゃだからしょうがないかなって。私がバイトすればもっといいところには住めるだろうけど、そんなやる気ないし」

「き、近隣住民とかは、どうなの。危ない人とか、いない?」

「分かんない。それこそ危ないから挨拶してないし。でもね、定期的に様子見におとん来るから。さりげなく危ない奴いないかチェックしてくれてるみたいよ」

「そっか……頼もしいお父さんだね」

「うん……まあね」


 お父さんとは一緒に住まないの? とまで聞いてくるかと思ったが、流石にそこまでは踏み込まれなかった。高村くんが言った『私のことを見ていた』とは、案外本当かもしれない。彼は私の扱いを心得ているようだ。そして敏感に、これ以上は話したくないという気配を察知してくれる。凄い。


「ダブルチーズバーガーの中のピクルス美味しいよねー」

「う、うん。美味しい」

「別に聞きたいことあったら、遠慮せずに聞いていいんだよ」


 嘘。


「うん。でも俺、美麗さんが話してくれるの、待つから」


 馬鹿じゃないの。


「そんなんじゃ、ずっと話さないかもよ」

「それでも、いいよ……」

「ふぅん」

「ごめん、嘘吐いた。でも多分、そのうち、俺がまた何か質問したら、今度はもう少し深くまで、話してくれる気がするから。話してくれるの、待てなくなったら、言う」

「ふふっ、そっか」


 なんだか気が抜けて、ホッとして笑いが零れた。


 得体の知れない『高村くん』という人が、少し身近に感じられた気がした。 一生懸命考えながら話してくれる彼の言葉には、きっと嘘はないんだろう、と思えた。

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