Scene2『けいはく』
――でもさあ、私のどこが好きなの?
その日の放課後、帰路につく最中でそんなことを聞いてみると、高村くんは見てるこっちが恥ずかしくなるほど顔を赤くした。
「み、見た目……」
「……」
「は、ちょっと怖いのに、い、意外と、天然なところ、とか」
「あ、あぁ、なるほど」
見た目と言い切られたのかと思ったが、なんだか予想していたよりもずっと、温度感が本気である。
「その……
高村くんがもじもじと私を見る。その瞬間、サァ……と風が吹いて私たちの髪を舞い上げる。
「……あ」
「あ……っ、」
高村くんの前髪が揺れる。形のいい唇の、その上の鼻梁の、綺麗なアーモンド形の切ない瞳が、私を見つめていた。
「ごっごめん……」
「なんで、」
なんで謝るのだとか、なんで顔隠してるのだとか、疑問は色々あった。だけど私の口から出たのは、
「なんでそんな顔、なの」
綺麗な潤んだ瞳が、夕日を受けて少し透けていた。一目惚れなんて言葉はこの世で一番嫌いだった。でも今、私は彼の瞳を見て心を揺さぶられた。綺麗だ、と思った。
高村くんは、私の言葉の意味を掴みかねて困惑していた。彼が「こんな顔でごめん……」と謝り始めて、私も慌てて弁解する。
「そうじゃなくて、高村くんが、顔真っ赤だったから。辛そうな顔、してたから」
本当にこの彼が、今朝、悲痛な面持ちで私から顔を逸らしたのだろうか? その表情が前髪で隠れていたことを残念に思う。
私は一目惚れなんて軽薄だと思っていた。いや、思っている。だが私は今、軽薄な好奇心に突き動かされている。
「俺……辛そう?」
「うーん、うん」
「い、一緒にいられて、嬉しいんだけど、……凄く怖いし、今、何も考えられてない。へ、変なこと、言っちゃわないかも怖い、し」
「言ってもいいよ、別に気にしないから」
「泣きそう……美麗さんってや、優しい、よね」
「そうでもないと思うよ、多分。分かんないけど」
私は優しくなんかないよ、と言うとちょっと寒いので、とりあえず濁しておく。泣きそうと言った高村くんはその言葉の通り本当にテンパっていて、多分じっと見ていると彼は余計パニックになる気がしたので、私は進行方向だけを見つつ、「深呼吸してね」とアドバイスしておいた。
「すーっ、げほっ、ごほ、っはー……すー、はー……」
「落ち着いた?」
「うん、少し……」
「良かった良かった」
暫く、沈黙が続いた。
何を話せばいいんだろう、と思っていると、少し落ち着いたらしい高村くんが震え声で言った。
「あの、へっ返事は……すぐじゃなくて、いいから……」
「えっ。待つの、辛くないの?」
「辛い。けど……でも、ちゃんと、考えてほしいから。勢いでフられても、諦めきれないし」
「あー……」
高村くんは縋るように私を見た。気づけば、彼の前髪は滝のような汗によって左右に張り付いている。彼の目を直視する。と、彼も自分の顔が隠れていないことに気づいたのか、慌ててべちゃべちゃの前髪を手で梳いていた。
「人に顔見られるの、嫌いなの?」
「う、うん……じっと見られるの、苦手」
「ふぅん。私も一緒」
「ごめん」
「え、なんで謝るの」
「俺、多分見ちゃってた、から」
「いいよ、私も見てたから」
「え、」
「高村くんのこと、今じっと見てたから。綺麗な目だなって思って」
「ひぇっ、」
変な声を出した高村くんは、慌てて口を押さえて、あわあわと何か訳の分からないことを口走っていた。何かあたふたしていたが、私にはよく分からなかった。
「ごめん、なんか昭和のメロドラマみたいな台詞だったよね、恥ずかしいから忘れて」
「やっ、お、覚えとく」
「えぇ~、弱み握られた!」
家に着く頃には、私たちは声を上げて笑い合っていた。高村くんの笑顔は意外と弾けた感じの笑顔で、根は素直ないい人なんだろうなと思わせる笑い方だった。
「じゃあね! 帰り道、気を付けてね」
「う、うん。美麗さんもね。あの、おや……お、おやすみ」
「おやすみ~」
私は住み家であるボロアパートの手すりに体を預けて、手を振りながら少しだけ高村くんを見送った。彼は何度か私を振り返って、その度になぜか頭を下げていた。多分、彼の中ではまだ、気楽に手を振れる関係ではなかったのだろう。彼はそういうことをとても気にする人なのだと、この短時間でとてもよく分かった。
翌朝、教室に入ると高村くんは人を寄せ付けないオーラを放ちながら本を読んでいた。声、かけたらまずいよなあ、と思いながら自分の席に着く。それからふと思い出して、鞄の中を探った。
ポケットをがさごそやって、鞄の底を引っ掻き回してやっといつかのメモを見つける。SNSのIDを検索してみる。あった。とてもシンプルに『高村聖也』と書かれている。へー、セイヤってこういう文字を書くんだ、と思った私は、もうだいぶ彼に興味を惹かれている。
『おはよう』と送信してみると、少しして後ろの方からゴンッ! という痛そうな音が聞こえてきた。振り返ると、本を落としたらしい高村くんが机かどこかに頭をぶつけたらしく、後頭部を擦っている。その顔は異常に赤い。音に振り返った数人の生徒が、彼の異様な雰囲気を感じ取って引いていた。
高村くんと目が合って、私はスマホを持ち上げて笑った。それから、『これからよろしく』と文字を打つ。
スマホを見て笑うところを人に見られているかも、だなんて、この時の私は全く気にもならなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます