第19話

ライブから数日が経ち、美咲の日常は少しずつ落ち着きを取り戻していた。仲間たちとの楽しい思い出が色褪せることはなく、毎日心に留めながら学校生活を送っていた。しかし、悠斗の引っ越しの話は、彼女の心に重くのしかかっていた。


ある日の放課後、美咲は音楽室で悠斗と二人きりになった。ドラムセットの前で彼は何かを考え込んでいるようだった。美咲は少し緊張しながら、悠斗に声をかけた。「悠斗、何か悩んでるの?」すると、悠斗は深いため息をついて、「うん、ちょっとね」と言った。


「引っ越しのこと、まだ決まらないの?」と尋ねると、悠斗は「うん。今週末には決まると思う」と答えた。その言葉を聞いた美咲の心は重くなり、思わず顔を背けた。


「私、悠斗が引っ越すの、すごく寂しい…」と素直な気持ちを言うと、悠斗は優しく微笑みながら、「俺もだよ。美咲と一緒にいる時間が、本当に大切だから」と言った。その言葉に胸が締め付けられる思いがした。


「でも、もし引っ越しても、俺たちの思い出は消えないよね?」と悠斗が言った瞬間、美咲の目に涙が浮かんできた。「うん、でも…会えなくなるのがすごく辛い」と言うと、悠斗は彼女の手をそっと握りしめた。


「大丈夫、俺たちは繋がっているから。これからも連絡を取り合おう」と悠斗が力強く言った。美咲はその言葉を信じたいと思ったが、心の中に潜む不安は消えなかった。


その後、悠斗は「最後に一緒にどこか行こうか?」と提案した。美咲は一瞬驚いたが、彼の提案に心が躍った。「どこに行きたい?」と聞くと、悠斗は「昔行った公園とか、どうかな」と言った。


「それ、いいね!」と美咲は嬉しそうに頷いた。二人はその日、思い出の公園へ行くことにした。公園に着くと、子供たちが遊んでいる様子が見え、穏やかな空気が漂っていた。美咲は、その風景を見ながら自分たちの過去を振り返る。


「ここで、初めて一緒に遊んだよね」と美咲が言うと、悠斗はニヤリと笑った。「そうだね。あの時の美咲は、今よりずっと元気だった気がする」と冗談を言い、二人は笑い合った。


公園のベンチに座り、しばらく静かに景色を眺めていた。美咲の心には、別れの予感が重くのしかかっていたが、その一方で悠斗との思い出を大切にしたいという気持ちがあった。「この時間を大切にしよう」と心に決め、美咲は笑顔を浮かべることにした。


「悠斗、これからも頑張ってね。私も負けずに頑張るから!」と明るく言うと、悠斗は「もちろん!美咲も素敵な未来を手に入れてね」と応じた。その言葉が美咲の心を温かくし、少しだけ不安が和らいだ。


その日は、二人で過ごす時間を大切にしながら、夕暮れが迫る公園で色々な話をした。未来の夢や、将来のこと、お互いの好きなことなど、たくさんの思い出を語り合いながら、時が経つのを忘れるほどだった。


しかし、帰りの道すがら、ふと美咲は思った。「もし引っ越してしまったら、もう会えないのかな…」その思いが、再び胸を締め付けた。悠斗はその気持ちを察したのか、そっと美咲の肩に手を置いた。「どんなことがあっても、俺は美咲のことを忘れないから」と力強く言ってくれた。


その言葉に勇気をもらい、美咲は心の中で「絶対に、これからも頑張る!」と決意した。未来への不安は消えないけれど、悠斗との思い出が彼女の支えとなっていた。


この特別な時間が、彼女にとってどれほど大切なものであるかを改めて感じた美咲は、明日が来ることを受け入れ、笑顔で迎える準備をした。彼との絆は、たとえ距離が離れても永遠に続くと信じながら。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る