西暦696年8月 三成 下道家の屋敷1
阿止理は、下道家の屋敷で、八木姫の部屋にいた。
「話は聞いています。刀良殿は残念でした」
「はい。有難う御座います。しかし、刀良様は死期を判っていたようです」
「刀良殿でなく刀良様ですか?」
「はい。今回だけは刀良様と呼ばさせて下さい。づっと刀良様と言っていたので、今この場だけは、刀良様と言わせて下さい」
「分かりました。ところで、阿止理殿はなぜ、刀良殿が死期を判っていると判断したのですか?」
「二年程前に、下家の長を辞める話をなさいました。その時は単なる弱音と思っていたのですが……思えば死を覚悟していたのではないかと」
八木姫は話題を変えた。
「あなたのお父さんの死も聞いた?」
「私のオヤジは海に落ち、それを助けようとして刀良殿の父上も落ちたのではなく、逆だったことですね」
八木姫がうなずいたので、阿止理は話を続けた。
「どちらでもよい事です。結局、二人とも落ちて死んでしまったのですから。しかし、八木姫殿は、その話を誰から聞いたのですか?刀良様からですか?」
八木姫はまっすぐ阿止理を見て答えた。
「猪手殿です。そして、二人の位置を入れ替えた話にしたのも、猪手殿です。その後、長になる刀良殿の権威を高める為に。そして、阿止理殿、あなたを刀良殿の為に働かせる為に」
阿止理は、その八木姫の視線に最初は笑顔で答えた。
「猪手の要らぬお世話ですね。小さい時からオヤジに、大きくなったら刀良様を助ける様に言われていました。その刀良様は、私にとって兄の様な存在でした。口ごたえしたことはありません。しかし、刀良様からオヤジの話を聞いた時、その時だけ、彼に口ごたえしました。そんなつもりで働いていた訳でないと……」
阿止理は最後の方は涙声にならない様に我慢しながら答えた。
「そうでしたか」
八木姫は、ひと呼吸してから言葉を続けた。
「今回の騒動、彼の命を縮めたのかもしれませんが、ある意味、良かったのかも」
「良かった?」
「はい。考えてみなさい。若し、吉備津彦が吉備に来なかったら、勿論、下家の逃避行はなかった訳ですが。刀良殿は漁師集団である下家の長、その漁師の長はまともに漁ができないとなると、皆から不満が出ていたはずです」
阿止理は、八木姫の指摘に納得できた。
「確かに。下家から不満はでない、出なかったと思いたいですが、津の港では肩身の狭い思いをせざると得なかったと思います。
確かに今も『下家は戦いから逃げた』と後ろ指を指されますが、死者は出なかったと堂々と言えます。
残念ながら、裏で騒動を起こしていることは言えませんが、刀良様の知恵が十二分に生かされたと言えますね」
「阿止理殿。違いますよ。『知恵が十二分に生かされた』でなはなく、これからも『十二分に生かされます』ですよ」
「そうですね。騒動はまだまだつづきますね。猪手殿にはもっと頑張っにてもらわねば」
「お父さんのことで、猪手殿を責めないで下さい。彼も相当の年ですから」
「はい、分かっています。これから猪手殿と会う予定です。騒動を続けることだけでなく、組織づくりを打ち合わせます」
「猪手殿と会った後、戻ってくるのですか?」
「まだ、決めていませんが、可能なら都まで足を延ばしたいと思っています」
「なぜ、都へ」
「はい。吉備津彦も都人です。都人の考え方が分かれば、懐柔への手助けになるかもと思っています」
「都人と吉備人の違いですか?面白いかもしれませんね」
横で控えていた孫美が口を開いた。
「阿止理殿。可能なら、都の人々のこともよく見て来てください」
「はい、孫美殿の頼み、忘れておりません」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます