西暦683年3月 山田 神社の寄進

阿止里は、津で見聞きしたことを、刀良に報告していた。

「吉備津彦は相当悩んでいるようです」

矢掛の山田にできた素朴だが新しい家で、阿止里が話していた。

「あちこちで騒ぎが起きています。今のところ死人は出てはいませんが、時間の問題でしょう」

話しを聞いていた刀良が確認の為、質問する。

「国造衆は止めに入っているのか?」

「誰が本気で止めているか分かりません。楽々森彦の話によると、吉備津彦は国造衆にどこまで取り締まらせばよいか、どこまで厳しく取り締まりするべきか判断できずにいるそうです」

「予想通り言うべきだろうな」

「はい。ところで、ここでも戦いたがっている者が出てきているとか?」

「若者の至りという所か。今のところ、猪手が抑え込んでいるが、厳しくなるだろうな」

「どうなさる予定ですか?」

「まずは仕事を与える。考える暇を与えない様にな」

「ここの開墾だけでも厳しいのにですか?」

「成果の出る大工仕事も行うのだ。船大工もいることだし、何とかなりそうだ」


「具体的には、何をお造りで?」

「神社を建立する」

「神社? 何を祭るのですか?」

「地元への寄進になるが、形の上では吉備津彦の功績だ」

「吉備津彦の功績?形の上?」

「吉備津の辺りでは、温羅殿の祟りのうわさが出ているそうだな」

艮御陵丑寅みさきですね」

「そうだ、ちょうどここは、笠殿の屋敷の鬼門方向になり、下道殿の屋敷の裏鬼門にあたる」

「なんかこじつけのような……」

「こじつけと言えばこじつけだ、それで堂々と両家から金を貰える」

「は~」

「それで、御崎おんさき神社を建立する」

「みさき神社ではなく?」

刀良は笑いながら答えた。

「そうだ、吉備津彦の功績としてな。そして温羅のたたりを防ぐ形だ。矢を射って祟りから防ぐ神事も行ってもらう」

「そして、実際は?」

「その神事の際、『オンテキ退散』と言ってもらう」

「オンテキ?」

「そうだ、『オンテキ』だ。怨敵でなく、御敵だ」

「聞いている限り、みさき神社の神事と判らないと?」

「その通り。人は自分が期待する事柄があれば、それを信じて疑わなくなってしまう」


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