西暦682年6月 下家の庄屋 吉備津彦って誰

あの『戦いらしきもの』の半年前。

阿止里あとりが、薪をくりに運び入れていると、多智麻呂たちまろが飛び込んできた。

「水くれ!」

「多智麻呂か 久しぶりだな。何があった?」

多智麻呂は、土間に座り込んで汗を拭きながら話始めた。


「『吉備津彦命』が来るらしい」

「『キビツヒコノミコト』って何?」

「吉備の支配者という意味らしい」

「支配者って、ここには十人のおさがいるじゃないか」

「都からくるらしい」

「『ミヤコ』って?」

「お前は、ほんとに何も知らないな。都は都。東の遠くにある大きな町だ」

「その大きなミヤコから人が来るだけで、なんで騒いているの?」

「だから、吉備津彦が来るからだ」

「ミヤコから『ここの支配者』と言いながら来ても、そんな変人ほっとけばいいだけじゃないか」

「そんなこと言ったら、伊佐勢理いさせりに殺させるぞ」

「伊佐勢理ってだれ?」

「吉備津彦の本名だ」

「ふ~ん。都の人の名前はややこしいな。その伊佐勢理なんかほっとけばいいじゃないか?」

「伊佐勢理がひとりだけだったらな。千人規模で来るらしい。それも全員武装して」

「そ、それじゃ 文句言ったら殺される?」

「問答無用で殺されはしないだろうが、文句は言えるはずもない。従うしかないだろうな。播磨国も従ったみたいだ」

「大規模な山賊みたいだな。ここはどうなる?長たちはどうする?」

「明後日、港の寄合所に集まる予定だ。温羅うら様も来る。それをここの長であるしも刀良とら殿に伝える為に俺は来たのだ。わかったか?」

「大変なことが起こることはわかった」

「わかったら、水くれ!」


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