真人と真理愛①

 パクリと、差し出されたホットドックにかぶりつく。


 不満げな顔を隠しもせずに、咀嚼し飲み込んだ。



 夕飯の時間だからと食事を持ってきた大橋さんだけれど、私の腕の拘束は取ってくれないらしく食べさせると言った。


 そこまでして食べたくないとも思ったけれど、もし逃げる機会が出来たときにお腹が空いて動けませんじゃあ話にならない。


 なので、仕方なく食べることにしたんだ。



「いや、本当。中々たくましいね、恋華さんは」


「……」



 正直、それは自分でも思った。


 打つ手がなくて、涙ながらに櫂人への助けを呟いたのはほんの小一時間前だっていうのに……。


 でも泣いてばかりいても状況が変わるわけでもないし、逆に泣いたことで不安を吐き出したからなのか少し落ち着けた。



「見た目は大和撫子って感じの和風美人なのに。もっと悲壮感に溢れて泣くかと思っていたよ」


「……大事なものを見失わない様にしているだけですよ」



 無視しても良かったけれど、大事なものを見間違えていそうな大橋さんに当てつけるように言ってみる。


 でもその当てつけに気付いているのかいないのか、彼は「そうかい」と軽く受け流すだけだった。



 そうして食べ終えた頃、倉庫内にピンポーンとインターホンの音が響く。


 私は気になったので、壁際にあるテレビドアホンを見に行く大橋さんの後ろをついて行った。


 手は拘束されていたけれど、足は自由だったから。



「……この男、またこの辺りを探っているのか?」



 画面を見て苦々しく呟いた大橋さん。


 私はその後ろからそっと画面を見て思わず声を上げた。



「真人さん⁉」


「ん? ああ、この男が君の主治医っていう……おっと」



 何とか話せないかと身を乗り出し通話ボタンを押そうとしたけれど、隙を突いたわけでもないからすぐに捕まってしまう。



「ダメだよ。ちゃんと大人しくしていないと」


「んんー!」



 口を押さえられ、元いた場所まで戻されるとガムテープで口を塞がれてしまった。


 その間もインターホンは何度も鳴らされ、真人さんが去る気配はない。



「全く、うっとおしい」



 文句を口にしながらまたテレビドアホンの所へ行った大橋さんは、そこでやっと通話ボタンを押した。



「すみません。今取り込み中でして――」


『大橋怜伽、恋華さんはどこ?』


「⁉」



 機械越しに聞こえた声は、普段より高めな真人さんの声。


 口調も少しいつもと違っていて、まるで……。



「賠償真人、お前は……いや、まさか君は――」



 驚きと期待に満ちた声が大橋さんの口からこぼれる。


『恋華さんはどこにいるのって聞いているのよ!』



 真人さんの声と話し方は、まるで女性のものだ。


 何かを確信したように、大橋さんの表情が柔らかくなる。



「ここにいるよ。ああ……やっと会いに来てくれたんだね、真理愛」


「⁉」



 優しく喜びの声を上げた大橋さんは、驚く私のことなんて見もせずに部屋を出て行ってしまった。


 私はテレビドアホンの元まで行って、もう一度画面を見る。


 そこに映っている姿は確かにこの半年共に過ごした真人さんの姿。


 画質は荒いけれど、いつも見ていた姿だ。間違えるはずがない。



 画面の向こうではドアを開けて大橋さんが出迎えたらしい様子がわずかに見える。


 そんな彼に抱き締められた真人さんの表情は苦虫を大量にかみつぶしたようなものだった。



『いいから、早く恋華さんに……』


『分かったよ。入ってくれ』



 少し言葉を交わして二人が中に入って来る様子が分かると、丁度映像が切れる。



 ……どういうこと?


 大橋さんは真人さんを真理愛と呼んだ。


 真人さんも、声と口調が女性のもので……。


 つまりは、真人さんが櫂人のお母さん・真理愛さんだったということ?


 信じる信じない以前に、ただ驚く。



 確かに女性と見紛うほどの美形だと常々思っていた。


 でも、まさか本当に女性だったなんて……。


 騙された、とは何故か思わなかった。


 ただ、どうして私は気付かなかったのかと不思議でならない。


 部屋は別々とはいえ、一緒に暮らしていたのに……。



 そんなことを考えているうちに二人は地下に下りてきたのか、この部屋のドアが開く。



「恋華さん!」



 すぐに私を見つけた彼女は、走って側に来て両頬を包むように私の顔を掴んだ。



「無事なの? 何かされていない? ああ……ガムテープ貼るなんて」



 心配そうにまくし立てる彼女は、「はがすわね」と断りを入れてから私の口に貼られたガムテープを一気にはがす。


 粘着力の強いタイプのものではなかったからそこまで痛くはなかったけれど、少しヒリヒリした。



「まだ変化してないわよね? まだ人間よね? 早く瀉血を――いいえ、もう吸血した方がいいのかしら」


「まさ――真理愛、さん?」



 焦ってまくし立てる彼女は、声音も口調も完全に女性のものになっている。


 こうなると、元々中性的だったこともあって女性にしか見えない。



「どうして……?」



 どうして櫂人のお母さんが男装して私と一緒にいたの?


 どうして私はヴァンピールのなりかけになんてなっているの?


 どうしてあなたの血の結晶を薬だなんて言ったの?



 他にも聞きたいことがあり過ぎて、どうしてという言葉以外出せなかった。



「ごめんなさい、たくさん疑問があるわよね。でもそれは後よ。今は早く血を抜かないと」



 真理愛さんの焦りように、時間が無いんだと理解する。


 ヴァンピールになんてなりたくない。


 私は真理愛さんの言う通りにしようと頷いた。



「じゃあ、櫂人には悪いけれど吸血させてもらうわね?」


「は――」


「ストップ。困るなぁ……私を無視しないでくれないか?」



 真理愛さんの確認に返事をしようとするけれど、大橋さんに止められてしまう。

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