急転③
私は多血症という病気じゃなくて、ヴァンピール一歩手前の状況。
真人さんが瀉血という方法で、私がヴァンピールになってしまわない様にしていた。
それは、紛れもない事実なんだ。
「……」
現実を受け入れて、私は一つ深呼吸をしてからうっすら瞼を上げ考える。
真人さんの真意は分からないけれど、今まで寄り添ってくれていたことも事実だ。
彼の優しい笑み……あの慈しむような眼差しが偽りだとは思えない。
だから、ちゃんと彼から話を聞くまでは真人さんを信じていようと思った。
「……とりあえず、詳しいことはその真人という人物に聞いてみるしかないわね」
私が落ち着いたのを見てから、久島先生は静かに結論づける。
そして今度は厳しい声音でこれからのことを話した。
「とにかく今一番大事なのはあなた自身のことよ」
「え?」
「申し訳ないけれど、ヴァンピール予備軍であるあなたをこのまま放置することは出来ないわ」
始めて見る久島先生のハンターとしての顔。
強い意思をその目に宿して、感情を殺している様にも見えた。
「血を抜くことでまだ人間でいられているけれど、いつヴァンピールになってしまうか分からないわ。……あなたには、吸血鬼になるという選択肢しかないの」
「あ、それなら櫂人に……」
吸血鬼になること自体はそれほど抵抗はない。
だって、櫂人と同じになれるということだから。
それに、もしもの時は彼に吸血鬼にしてもらうと約束した。
だから櫂人に足りない分の血を入れてもらえばいいんじゃないかと彼の名を出す。
「櫂人くんの血では駄目よ」
でも、最後まで言い切る前に却下されてしまった。
「吸血鬼になるには同じ吸血鬼の血でなくてはダメなの。でないと入った血が反発しあって、下手をしたら死んでしまうわ」
「死っ⁉……そんな……」
「一応聞くけれど、あなたに血を入れた吸血鬼は誰なのか分かる?」
「……いえ」
血を入れられたこと自体知らなかったのに、誰かなんて分かるわけがない。
もし真人さんが吸血鬼なら彼の血である可能性が高いけれど……でも確証はないし、これも本人に聞かなければ分からないことだ。
久島先生は「そうよね……」と表情を悲しげなものにして、すぐに気を引き締めるように厳しいものに戻した。
「それなら、あなたはハンター協会で保護させてもらうわ」
「保護、ですか?」
「ええ、あなたが――」
「保護というよりは管理だろう? こういうのはちゃんと伝えた方がいいと思うよ?」
突然第三者の声がして、思わずビクリと驚く。
声の方を見ると、いつの間に入って来たのか入り口の辺りに大橋さんの姿があった。
「
「朝霞、櫂人くんに知られたら手間がかかる。すぐにでも彼女を連れて行く」
久しぶりに見た大橋さんは、冷たい印象そのものの様子で淡々と告げる。
初めて会ったときは見た目のわりに親しみやすいと思ったのに、今はそんな雰囲気は欠片もなかった。
「っ、あの! 管理って何ですか? それにどうして大橋さんが? 櫂人は一緒じゃないんですか?」
よく分からないけれど、大橋さんの言葉を聞く限りだと私はどこかに連れて行かれるらしい。
分からないままでいたくなくて、一息で質問した。
それに櫂人は大橋さんに呼び出されて行ったはず。
一緒にいないのはどうしてなのか。
「恋華さん、あのね――」
「言葉通りの意味だよ。君がヴァンピールになってしまわないよう、ハンター協会の方でしっかり管理させてもらう。そのためにとりあえずは近くのハンター協会支部へと来てもらう」
久島先生が優しく語ろうとしてくれたけれど、大橋さんが言葉を被せて単刀直入に答えた。
「櫂人くんはきっと反対するだろうからね。呼び出して少し君から離れてもらったんだ」
「そんな……」
じゃあ、呼びだし自体が嘘だったということ?
このまま櫂人には会えなくなってしまうの?
そんな気持ちが顔に現れていたんだろう。
久島先生が「大丈夫」と優しく話してくれた。
「反対して邪魔されると困るから離れてもらっただけよ。ハンター協会支部にいてさえくれれば、櫂人くんにもまた会えるわ。……もう、怜伽! 恋華さんを不安にばかりさせないで頂戴!」
櫂人にはまた会えるということと、そう話す久島先生が普段の優しいお姉さんになっていたことで少し安心した。
「櫂人くんにはちゃんと説明するし、真人という人物にも話を聞きに行くわ。だから恋華さんはとりあえずハンターの目の届くところにいて欲しいの」
「……ちなみに、嫌だって言ったらどうなります?」
嫌でも抵抗は無理そうだなとは思ったけれど、一応聞いてみた。
すると、大橋さんが眼鏡の奥の瞳に嘲笑するような色を宿して簡潔に答える。
「力ずくで連れて行くことになるね」
「そうですか……分かりました。大人しくついて行きます」
私は諦めのため息を吐いて彼らに従うことにした。
少なくとも彼らは私がヴァンピールにならない様に管理すると言っているのだし、何より櫂人と会えなくなるわけじゃないらしいから。
「ありがとう、恋華さん」
ホッとした様子の久島先生に見送られ、私は大橋さんと学校を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます