急転②
「……恋華さんが初めてこの保健室に来た時、吸血鬼の“唯一”の研究のためにって採血させてもらったわよね」
「……はい」
確か……櫂人が血液パックの血がまずくて飲めないとなって、“唯一”である私の血を入れれば味がマシになるだろうって流れだった気がする。
思い返しながら返事をすると、「あのときの血液を調べて分かったの」と前置きがされた。
「恋華さん。あなたは多分多血症ではないわ」
「え?」
「というか、そもそも病気ではないみたいなの」
「は?」
一体何を言っているんだろう?
すぐには彼女の言っている意味が理解出来なくて固まってしまう。
「え? 病気じゃないって……あ、あのときは瀉血してまだ数日しか経っていなかったから……だから多血症と診断できる数値になっていなかっただけなんだと」
「いいえ。それとは関係なしに多血症ではないだろうという結論に至ったのよ」
この半年付き合ってきた病気が実は違っていたなんて信じられるわけがなくて、ハンター協会の方の診断が間違っている理由を口にしてみるも即座に否定されてしまった。
「どういうことですか?」
「……恋華さん、落ち着いて聞いてちょうだいね」
事前に言われても身構えることしか出来ないような前置きをされて、ジリジリと胸がざわつく。
一体、何を言われるのか……。
「あなたの血液を調べて分かったの。……あなたには、吸血鬼の血が入れられているって」
「……え?」
「それも自然と消えてしまうような少量ではないわ。あなた自身を吸血鬼に変えてしまう一歩手前くらいの量よ」
「………………え?」
今度はしばらく間を空けてみても理解出来る気がしない。
というか、したくない。
でも、胸のざわめきがそのまま焦燥となって、頭より体が先に理解した。
私のこの体に、吸血鬼の血が入っている。
しかも、吸血鬼に変わってしまう一歩手前ということは……。
「つまり、今のあなたはヴァンピールになってしまう直前の状態ということよ」
「っ⁉」
ハッキリ宣言されてもまだ信じたくない私に、久島先生は以前櫂人から聞いた話をもっと詳しく聞かせてくれた。
「人間が吸血鬼になるには、吸血鬼の血を約三分の一入れるの。そうすることで吸血鬼の血が人間の血を侵食していって変えていくのよ」
でも、吸血鬼の血がほんの少しでも足りないと、侵食して変えていく力も足りなくなる。そのため不完全な吸血鬼としてヴァンピールになるのだという。
「吸血鬼になる場合は、その血の強さ故に大体丸一日で変化が終わるわ。でも、ヴァンピールの場合は血が足りなくて侵食して変えていく早さも遅いの」
大体ひと月くらいね、という言葉に、私は未だ信じきれないまま聞き返した。
「ってことは、ひと月くらい前に私は吸血鬼に血を入れられたってことですか?」
そんなことをされた記憶なんてないのに。
動揺を隠すことも出来ず戸惑う私に、久島先生は落ち着かせるようにゆっくり話した。
「いいえ。おそらく、あなたが吸血鬼の血を入れられたのはもっと前……多分、半年前の事故の頃じゃないかと思っているわ」
「え……でも、ひと月でヴァンピールになってしまうって……」
吸血鬼の血を入れられたのが半年前なら、明らかに計算が合わない。
だって、私はあんな化け物にはなっていない。
以前茜渚街で見た人ではなくなったモノを思い出し、震えそうになるのを抑えるよう片手で腕を掴んだ。
「そうね。でも、ヴァンピールになってしまう一歩手前の状態を保つ
「保つ術?」
「ヴァンピールになってしまう前に血を抜くことよ」
「それって……」
血を抜くこと……つまり、瀉血。
久島先生の言うことが全て本当だとしたら、私は多血症ではなくヴァンピールにならないよう瀉血という治療を受けていたことになる。
「血を抜くと、新しく作られるのは人間の血よ。だから、またその血を侵食するためにひと月の猶予が生まれるの」
説明を聞きながら理解した。
そっか、だから久島先生は真人さんが怪しいって言ったんだ。
瀉血という処置を指示していた真人さんが、何も知らずに治療をしていたはずがないから……。
ドクドクと嫌な感じに血流が速くなる中、久島先生のさっきの発言の意味を知る。
真人さんは怪しくないと言いたいけれど、どこか納得してしまった。
半年前、真人さんが事故現場にいたのは出張で訪れていたからだと聞いた。
だというのに、お世話になった病院でも私は真人さんから治療を受けた。
当時は私も両親を亡くしたばかりであまり気にしていられなかったけれど、よく考えたらおかしい。
いくら医師免許があったとしても、他国で医療行為なんて出来るんだろうか?
知り合いの病院だからとか、私のことは両親から直接頼まれたからとか言っていたけれど……普通に考えたらおかしいって分かる。
「……私がヴァンピール一歩手前の状態だということは紛れもない事実なんですね?」
「そうよ」
有り得ないと突っぱねたいけれど、否定できるだけの確かな証拠がない。
認めたくはないけれど、認めざるを得ない状況に私はギュッと目を閉じて感情の荒波を押し込めた。
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