三章 愛の形

急転①

 薬が中々見つからないこと以外は穏やかな日々が続いている。


 それが急変したのは、私が海燕高校に編入してきてひと月が経とうとしていた日だった。



 そろそろまた治療が必要だから、明日までにクリニックに来るようにと真人さんから連絡が来ていて明日行こうかと思っていた日の放課後。


 教室に迎えに来た櫂人が「悪い」と開口一番に謝罪の言葉を口にした。



「茜渚街の例の件で大橋さんに呼び出されたんだ。ちょっと行ってくるから保健室で待っていてくれ」


「大橋さんに? 分かったけど、別に私一人でも帰れるよ?」



 過保護な様子にちょっと苦笑すると、いや、と髪を梳くように撫でられる。



「お前を一人で帰すなんて俺が嫌だし。……それに恋華に大事な話があるから呼んで来てくれって久島先生に言われたんだよ」


「そうなの? なんの話だろう?」



 髪を撫でられて少しくすぐったく思いながら首を傾げる。


 そんな私の額に櫂人はキスを落として「さあな」と答えた。



「とにかくそういうことだから、保健室で待っていてくれ」


「うん、分かった」



 頷いた私に一安心しつつも、名残惜し気に離れて行った櫂人を見送る。


 櫂人の姿が見えなくなってから、比較的近くにいたクラスメートたちの呆れ交じりの会話が聞こえた。



「相変わらず、あっまあまな二人だねぇ……」


「そうだねぇ、見てるこっちが照れちゃうよ」



 嫌味な感じとかではなくて純粋に感じたままの感想。


 それを聞いて、私は今更ながらに恥ずかしくなる。


 ちょっとした触れ合いですら甘い雰囲気が漂ってしまうのはもう仕方がない。


 櫂人は周りなんて全く気にしていないし、私も櫂人と話しているときは周りのことがあまり見えなくなってしまうから……。


 こういうのを二人の世界に入るっていうのかな? と思いながら、私はクラスメートからの生温かい視線から逃れるように保健室へ向かった。


***


 コンコン


 久島先生は保健室にいる様子だったから、ノックをしてドアを開ける。



「失礼します。久島先生、櫂人に聞いて来たんですけど……」


「ああ、いらっしゃい。待ってたわ」



 静かな微笑みで迎え入れてくれた久島先生にうながされ、私は彼女と向かい合うように椅子に座った。


 お昼にいつも来る時とは打って変わって落ち着いた様子に、真面目な話なのかもしれないと少し気を引き締める。



「あの、話があるって聞いたんですけど……」



 ハーブティーを出してくれた久島先生に、私は単刀直入に聞いた。


 いつもは明るく気さくなお姉さんといった雰囲気の久島先生がいつもと違っていてちょっと気まずかったから。


 真面目な話は出来るだけ早く終わらせて、いつものように和やかに世間話でもして櫂人を待ちたかった。



「ええ……その前に少し話を聞きたいんだけど、いいかしら?」


「え? なんのですか?」


「あなたの病気のこととか、色々ね。……ごめんなさい。話しづらいこともあるかもしれないけれど、大事なことだからちゃんと教えてほしいの」


「……分かりました」



 改まった様子に身構えるけれど、久島先生にはいつもお世話になっているし色々と相談もしている。


 病気関連での話だって多少はしているし、特に話したくないと思うようなことはないと思う。



「……まず、あなたの病気は多血症だと言っていたわよね? それはいつから? どうやって分かったの?」



 自身もハーブティーを一口飲んで息を吐いてから、久島先生は質問を始めた。


 多少は櫂人から聞いたと言っていたし、確認しているだけの質問もありそうだ。


 でも大事なことだと前置きされていたし、私は聞かれたことに次々と答えていく。



 病気が分かったのは両親が亡くなった事故の後、私も重傷だったため治療で入院していたときの検査で分かった、と。


 他にもその診断をしたのは誰なのか、今治療をしてくれているのは誰なのかと問いが続けられていく。



「病気のことを教えてくれたのは後見人で主治医でもある真人さんです。そのまま今も彼に治療をしてもらっています」


「そう……。やっぱりその真人という男性が怪しいわね……」


「え?」



 怪しいって、何が?


 真人さんが不審がられているみたいだというのはその呟きだけで感じ取れた。


 どうして不審がられているのかは分からないけれど、私を助けてくれてこの半年寄り添ってくれた真人さんを悪く言われるのは嫌だ。



「あの、どういうことですか? 真人さんは私にとって家族なんです。あまり悪く言わないでもらえませんか?」



 少し棘がついた言葉だって自覚はある。


 でも、真人さんを知らない人に憶測だけで色々言って欲しくない。


 そんな私に久島先生は哀れみを帯びた眼差しを向けてゆっくり言葉を発した。



「ごめんなさい、恋華さん。でも、その真人という人物はあなたが思っているような良い人ではないかもしれないわ」


「どういうことですか?」



 私の言葉を聞いても意見を曲げない様子に、不満は残るものの少なくともそう思う理由があるんだと理解して聞き返す。


 久島先生はもう一度ハーブティーを一口飲み、口を開いた。

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