貝光 真理愛②
ブロロロロ……
エンジン音を響かせて、夜の海辺の街をマジェスティで走る。
暗い中バイクに乗るのは初めてだけれど、毎日乗っているから体は慣れてきていたんだろう。
怖いと思うことなく、目的地まで乗ることが出来た。
櫂人に連れて来られた場所は波の音が聞こえる砂浜。
少し先には岩場があるのか、ごつごつとした黒い影が見える。
昼間の海は解放感にあふれているのに、夜の海は波の音が暗闇へと
「足元気をつけろ」
「うん。あ、ありがとう」
私の手を取って櫂人は浜辺へと降りる。
確かに暗くて足元は危ないけれど、整備されている道だから危なげなく降りることが出来た。
しばらく飲み込まれそうな波の音を聞きながら歩く。
ザザァ……と寄せては引く様子が波の音だけで感じられて、本当に海の中に
怖いけれど、引き寄せられる。
恐怖と奇妙な魅力の溢れた夜の浜辺は、櫂人に似ているのかもしれないと思った。
吸血鬼で、暴走族の総長で、暗闇の似合う恐ろしいほどに美しい人。
怖いのに、それ以上に惹かれてしまう。
どんなに優しく甘くされても、その恐怖は胸の奥にずっと残っている。
ずっと残って、だからこそ櫂人という人物を知りたくて、追い求める。
底なし沼にハマったみたいに、抜け出せないくらい溺れているのかもしれないと思った。
岩場の近くまで来た櫂人は、足を止めてゆっくりと話し出す。
「……恋華、覚えてるか? この岩場で、俺は初めてお前を見つけたんだ」
「あ……ここだったんだ」
櫂人と初めて出会った浜辺。
ここは海辺の街だしこの辺りだろうとは思っていたけれど記憶もあやふやだし、どこなのかは分からなかった。
今は夜で暗いから尚更分からないけれど、でも私をずっと想っていてくれたという櫂人が言うんだから間違ってはいないんだろう。
「俺は小さいころよくこの浜辺に来てたからな。……趣味で貝合わせとか作るために、貝殻を集める母さんについて来てたんだ」
「櫂人のお母さんが……」
確かに十二年前も櫂人は母親と一緒に来ていた。
私のケガを治してくれて、櫂人と再び巡り会えるようにと貝合わせの片割れをくれた人。
櫂人に似た、綺麗な女性。
でも、二年前に突然失踪したと聞いた。
あのときも辛そうに話していたのに、どうして今彼女のことを話そうとしているんだろうと疑問に思う。
「……さっきのミートソースな、母さんの作るものにそっくりだったんだ」
「え?」
「二年も経って、味なんか忘れてると思ったのに……結構覚えてるもんなんだな」
だからかな、と櫂人は自嘲気味に笑う。
「母さんのこと、恋華に話すなら今だと思った」
「櫂人のお母さんのこと?」
失踪した話は前に聞いた。
それ以外にも何かあるんだろうかと首を傾げる私に、櫂人はちゃんと向き直って告げる。
「茜渚街に潜む殺人鬼……ヴァンピールを作り出している人物がいるって前説明したよな?」
「え? うん」
「大橋さんの話だと、その人物っていうのが母さんかもしれないって言うんだ」
「え⁉」
想像もしていなかった話にただ驚く。
それが驚愕というほどのものになる前に、櫂人は言葉を重ねた。
「もちろん俺はそんなこと
大橋さんの話では、茜渚街に現れる事と近年この辺りで行方不明になった吸血鬼が櫂人のお母さんだけだったからという理由でそう推測されたのだそうだ。
その程度の理由だったこともあり、櫂人にとっては違うという判断材料になったらしい。
「でもハンター協会からすれば母さんの人となりなんか知ったことじゃないだろうからな。勝手に犯人扱いされてたよ」
「そんな……」
「だから俺は、無実を証明するために犯人を捕まえようと大橋さんに協力することにしたんだ……まあ、万が一本当に母さんだったとしても、それはそれで直接会って事情を聞けるかもしれないって考えもあった」
「そうだったんだ……」
だからヴァンピールを捕まえて、《朱闇会》の人たちに見回りをさせて茜渚街を探っているんだね。
「……ねぇ、櫂人のお母さんのこと教えてくれる? どんな人なの?」
櫂人のお母さんとは一応私も面識がある。
ほんの少ししか会っていないけれど、優しくて素敵な女性というイメージしかない。
「母さんのこと?」
「うん、良ければ知りたいなと思って……」
「んー、まあいいけど。幻滅しても知らないぞ?」
「へ? 幻滅?」
まさかそういう方向で注意されるとは思わなくて、キョトンとなった。
「俺の母さん――貝光
「へぇ……」
と、そこまではやっぱり素敵な人というイメージのまま。
どこに幻滅するような要素が? と思っていると、次の言葉から少しおかしくなった。
「で、そんなしっかりした人なのに変なところが抜けてて、見た感じしっかりしているから周りもそういうところにあまり気付かないっていうか」
「へ、へぇ……」
「でも抜けてるままでいくから、最後になってどうしてこうなったって叱られるような人かな」
「叱られるんだ……」
「あとはそうだな。貝合わせとか趣味で作るくらい、短歌とか平安情緒あるものが好きなんだが……」
「うん」
それは何となく分かった。
貝合わせなんて、趣味だとしても本当に好きじゃないと自分で作ろうなんて思わないだろうし。
「字は上手いんだけど、絵が壊滅的で……」
「……」
「恋華が持っていた方の貝殻に書かれていた絵、歌を詠んだ
「え⁉ あれ人なの⁉」
流石に今の情報には驚きが強くてつい叫んだ。
私の持っていた方の貝殻に描かれていたもの。
ちょっとよく分からないと常々思っていたけれど……公達ってことは平安時代とかの男性貴族のことだよね?
あの絵、頑張って見ても包装紙に包まれたお饅頭っぽいものとしか思えないんだけれど……。
「ほらな? 幻滅しただろ?」
「え? いや、うーん……」
苦笑気味に、でもちょっと面白そうに笑って聞いて来る櫂人に、私は否定しようとして無理だということに気付いた。
少なくとも、素敵な女性というイメージは崩れてしまっていたから。
「で、でも。何か思っていたより親しみやすそうな人だね?」
「ははっ……確かに大体いつもそんな評価受けてたな。……まあ、憎めない人だったよ」
そう言って少し悲し気な目で暗い海に視線を向ける櫂人。
私もそれにならうように波の音だけが聞こえる海を見る。
暗闇の向こうに、櫂人のお母さん――真理愛さんの姿を探すように。
私ももう一度会ってみたいな……。
あなたのくれた貝殻のおかげで、私は未来に目を向けられることができたんですって。
そして櫂人とまた出会うことが出来たと、伝えたかった。
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