貝光 真理愛①

 初日からとんでもないことになった櫂人との同居生活。


 でもその後は案外穏やかに過ごすことが出来た。


 夜の方はやっぱり求められることが多いけれど、疲れているときとかは無理に抱こうとはしてこなくて……。



「こうして抱き締めながら眠れるだけでも俺は幸せだから」



 なんて言われては胸がキュンキュンしてしまって、体は疲れなくても心が騒がしくなってしまったりもするけれど。


 それでも、私としても穏やかで幸せな日々が続いた。




 学校の方でもボッチ確定かーと思っていたけれど、翌日の朝から今までチラチラと私を気にしていた女子たちに話しかけてもらえたんだ。



「最初から片桐さんと話してみたかったんだ。でもあの子たちが怖くて……」



 と、何人かが近付いて来てくれる。


 そうして話しているうちに仲良くなれて、大体学校では彼女たちと行動するようになった。



 ……逆にキヨトくん含め男子たちは全く近付いて来なくなってしまったけれど。


 味方になってくれたのに櫂人に牽制されてしまったキヨトくん。


 後日謝罪を……と話しかけたんだけれど……。



「謝んなくていいって! てかこうして話しただけでも黒王子に睨まれそうだから、用事があるとき以外は話しかけてこないでくれ!」



 半分以上怯えた様子で言われては、それ以上何も言えなかった。


 いや、うん……本当にごめん。




 お昼は保健室に行って櫂人と久島先生とお弁当を食べるのが日課になっていた。


 久島先生には一、二年生の頃の櫂人の話を聞くことが出来たり、吸血鬼やハンターのことを教えてもらったりと有意義な情報を貰える。



「櫂人くん、はじめは本当にツンツンしててね。私もちょっとてこずったわー」


「……るっせ」



 笑って話す久島先生に、櫂人は余計なことを言うなとばかりに軽く睨む。


 そんなやり取りを何度か見ているうちに、この二人って姉弟みたいだなぁって思うようになった。


 私に対しても久島先生は気さくで、病気のことも心配してくれている。


 お姉ちゃんがいたらこんな感じだったのかな、と思わせてくれた。



 そんな久島先生はたまに大橋さんのことも聞かせてくれる。



「ちょっと思い込みが強いところもあるけれど、時には手段を選ばず仕事をやり遂げるとろとかはカッコイイのよ?」



 なんて、嬉しそうに語っていた。


 久島先生は本当に大橋さんが好きなんだなって分かって……同時に切なくなってしまうけれど。


 本当に、久島先生が大橋さんの“唯一”だったら良かったのに。


 どうしようもないことだと分かってはいても、そう思わずにはいられなかった。




 放課後には櫂人と一緒に帰って、《朱闇会》の人たちと薬の捜索をしている。


 もしもの時は櫂人が私を吸血鬼にしてでも助けてくれるというから、取り乱すほどの不安に襲われることはない。


 でも、やっぱり一つしかない大事なものだから出来れば見つけたかった。


 ただ、小さな薬一つを見つけるのにこんなに大勢の人に協力してもらうのは心苦しい。


 そう思っていたんだけれど。



「そんな気にすることないって。元々ヴァンピール探しのために見回りはしてたし」



 心苦しいと口にした私に、湊さんが明るく言った。



「明るいうちの見回りに、薬探しが加わっただけだよ。みんなもそこまで苦に思ってないから気にしないで?」


「そう、なんですか?」


「そうそう。むしろヴァンピールはいつ出てくるか分からないし、やる気が無くなってくる奴もいたんだ。目的が増えて助かってるくらいだよ」


「そうですか……」



 湊さんの言葉に納得しつつ、それでも後でちゃんとお礼くらいは言いたいなと思った。




 日が落ち始めたら夜の見回りの人たち以外は解散で、私と櫂人も夕飯の買い物などをしつつ家に帰る。


 たまに一緒にご飯を作って、それぞれでシャワーを浴びて。


 そうして櫂人の腕の中で眠る。


 そんな毎日を送っていた。



 薬が見つからないことだけが気がかりではあったけれど、それ以外は大体穏やかで幸せな日々。


 そんなある日の夕食時のことだった。




 あまり同じメニューが続いてもな、と思って作れていなかったミートソースをやっと作ってスパゲッティにしたんだ。


 やっぱり櫂人の好物だったのか、食べる前から喜んでもらえて嬉しくなった。


 そうしてお互いに一口食べた後。



「ん? この味……」


「どうかな? 私はこのミートソース好きなんだけど」



 笑顔で食べて飲み込むと、美味いという言葉よりも先に驚いた表情をする櫂人。


 その反応だと好みなのかどうか分からなくて聞くと、「あ、ああ」と少し戸惑いを見せながら答えが返ってくる。



「俺も好きだよ、この味。……これ、手作りだよな?」


「うん。真人さんが料理上手でね、このミートソースもまた絶品だから作り方教えてもらったの」



 好きだという感想が聞けてホッとした私は、話しながら二口目を口に入れた。


 うん、やっぱり美味しいよね。


 でも私の説明を聞いた櫂人はどこかガッカリしている様子。



「櫂人? どうしたの?」



 好きだと言ってくれたんだから、不味いというわけじゃないと思うけれど。



「いや。この味、前にも食べたことがあるなぁと思って……ちょっと思い出してた」


「へぇ、そうなんだ? 同じレシピなのかな?」



 材料や作り方が同じなら似ている味にはなるだろう。


 私はそこまで気に留めることなく食事を進めたけれど、櫂人は何か思うことがあるのか何か考え事をしながら食べ続けていた。


 珍しく会話のない食事を続けていると、ポツリと櫂人が声を出す。



「なあ、恋華。食事の後ちょっと出ないか? 行きたいところがあるんだ」


「え? うん、いいけど……」


「サンキュ、じゃあ早く食うか」



 無表情で考え込んでいた櫂人はそう言ってやっと笑顔を見せてくれる。


 どうしたんだろうと不思議に思ったけれど、多分行きたいところというのに関係あるんだろうと思って今は聞かないで置いた。



 そうして食事を終えて片づけると、私たちは夜の街へと出て行った。

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