甘いおしおき①

 櫂人が血液パックを飲み終えると、そろそろお昼休みも終わるという時間になる。


 午後の授業は出ないという櫂人に帰りは迎えに行くからと言われて、私は保健室を後にした。


 教室に戻った途端また例の女子たちから睨まれたけれど、私物に何かされたってことはなかったからまだ良いかな。


 席に座るとすぐに予鈴が鳴って、そのまま午後の授業は無事に終える。


 このまま今日は何事もなく終わってくれればいいなと思っていたけれど、ショートホームルームが終わった後すぐに事は起こった。



 櫂人が迎えに来てくれると言っていたけれど、教室に長居したくなかった私は保健室に向かおうと早々に席を立つ。


 そうして廊下に出ようとしたところ、呼び留められてしまった。



「ちょっと待ちなさいよ」



 一瞬無視しようかとも思ったけれど、そんなことをしたら後がまた面倒なことになりそうだと思って声の方に振り向く。


 そこにいたのは思ったとおり、いつも私を睨んでくる女子たちだ。



「お昼も今も、そうやってさっさと出ていって……後ろ暗いことがあるから逃げてるんじゃないの?」


「は?」


「貝光先輩と付き合ってるなんて、嘘なんでしょう?」


「嘘じゃないんだけど……」


「だったらどうして逃げるみたいに教室から出ていくのよ⁉」



 あなたたちに絡まれたく無いから、なんて……言ったら怒るよね?


 でもこの際怒らせてでもハッキリ言った方が良いのかな?


 櫂人と付き合ってること、嘘扱いされたままなのも嫌だし。



「あのね――」


「やっぱり嘘なんじゃない!」



 答えようとしたけれど、言葉が被せられる。


 少し考え込んで間が空いてしまったのを肯定と取られたらしい。



「たまにいるのよね。あなたみたいに妄言を吐いて貝光先輩に迷惑かける人!」


「いくら先輩がカッコイイからって、嘘ついてまで彼女のふりするのって頭おかしいんじゃない?」


「私たちにとっても迷惑なのよ!」



 次々と浴びせられる言葉に、私は怒りを通り越して呆れていた。


 彼女たちの言い分はある意味正しい。


 でもそれは、本当に私が嘘をついていた場合だ。


 今嘘じゃないことを証明する術はないけれど、いくら何でも一方的すぎるんじゃないかな?


 それに、彼女たちの言い分が正しかったとしても、殺人鬼が潜むと言われている街に鞄を隠すようなことは明らかにやり過ぎだ。



「……人を危険な目に遭わせておいて、よくそんなに堂々としていられるね」



 関わりたくないから黙っていようと思っていた。


 でも、こうまで突っかかってくるなら私も黙ってはいられない。


 櫂人に助けてもらえたから良かったけれど、下手したらあのまま死んでいたかもしれないんだから。



 考えないようにしていた怒りが沸き上がってくる。


 大人しくしていようと思っていたけれど、思い出したらもう無理だった。



「危険な目? でも無事だったんでしょう?」


「ヒントだってあげたんだから、すぐに見つけられたでしょう?」


「見つかるわけないじゃない! 私、茜渚街には初めて行ったのよ⁉」



 あまりの言いように感情のまま怒鳴った。


 肩で息をするくらいの大声に、クラスの皆も廊下にいた周囲の人たちも私たちに注目する。



「な、何よ……」



 私がここまで怒ると思わなかったのか、彼女たちはたじろぐ。


 そんな私たちにキヨトくんが恐る恐る近付いてきた。



「な、なぁ。茜渚街とか危険な目とか……お前ら片桐さんに何したんだ?」


「ちょっと鞄隠しただけよ。どこにあるかも教えたし……」



 この期に及んでも自分達は悪くないと思っているのか、平然と話す。


 そんな彼女たちに、どんなに酷いことをしたのか少しでも理解して欲しくて私は話した。



「居酒屋の裏としか書かれてなかったよね?」


「え? それだけ? 片桐さん、この辺の土地勘すらないのに……それですぐ見つけられると本気で思ってたのかよ?」



 私の言いたいことをキヨトくんが代弁してくれる。


 クラスメートにも非難の眼差しを向けられて、やっと少しは悪いことをしたと分かってきたのかな?


 彼女たちは周りを見回して焦りを見せた。



「で、でもこうして無事だったじゃない!」


「櫂人が助けてくれたからよ!」



 自分達が悪いと分かってきても、まだ非を認めたくないらしい彼女たちに私はまた怒りを叫ぶ。


 でも、ここで櫂人の名前を出したことで彼女たちの逆鱗に触れてしまったらしい。



「また先輩のこと呼び捨てて……! あんた黙りなさいよ!」


「ちょっ⁉」



 追い詰められて余裕がなくなったのもあるのかもしれない。


 一人が怒りの形相で私に掴みかかってこようとした。


 でも、彼女の手が届く前に力強い腕が私を引き寄せる。


 そのまま後ろから抱きしめるように腕が回された。


 強く優しい腕は、この数日で何度も私に触れたもの。



「恋華」



 耳元で優しく呼ぶ声に、私は安心して身を任せた。

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