保健室の黒王子④
「というわけで、櫂人くんはこれね」
と、久島先生が自分のバッグを漁って何かを取り出す。
赤い色の液体が入った袋状のパック。
これ、もしかして……。
「血液パックか……まあ、仕方ないな」
やっぱり血液パックだったらしい。
今出すってことは、櫂人が飲むんだよね?
「もしかして、いつもこうして飲んでるの?」
「ん? ああ。この血液パックはハンター協会に申請すればいつでももらえるんだけどな、荒れてた時期ちょっとサボってたから、こうして久島先生が用意してくれてんだよ」
へぇ、と理解の声を出しながら、本当にハンター協会ってなんでもやってるんだなぁと不思議な気分になった。
「俺が保健室に通ってる理由のもう一つがこれだし」
そう言いながら、血液パックの飲み口を開けて口をつける。
「……まずい」
一口飲んだ櫂人はあからさまに顔を
そんな櫂人に久島先生は苦笑しながら話し出す。
「ははっ……やっぱりそうなるのね」
「やっぱり?」
「“唯一”の血を味わった吸血鬼は、その美味しさゆえに他の人の血が美味しくなくなるらしいのよ」
下手をすれば受け付けなくて吐き出すらしいから、櫂人はまだましなんだそうだ。
「まずくても飲めるなら血液パックでいくしかないわね」
「いや、まずくて全部は無理そうなんだが……?」
どうにかしてくれと言わんばかりに櫂人は困り果てた様な顔をする。
「じゃあ、その血液パックに恋華さんの血を少しだけ入れてみる? そういう方法で味をまともにする吸血鬼もいるらしいわ」
「私の血を?」
「ええ、その場合はほんの一滴くらいで良いらしいから」
「それくらいなら……」
私が了承の言葉を口にすると、久島先生は何かを思い出したように手をぽん、と叩いた。
「そうだ。ついでと言ってはなんだけど、研究用にあなたの血を採血させてもらっても良いかしら? 採血程度の血なら治療に影響はないはずだから」
「いいですけど……研究用ですか?」
一体何の? と首を傾けると、久島先生は立ち上がって準備を始めながら説明してくれる。
「ハンター協会ではね、吸血鬼が“唯一”と出会うことを推奨しているの。だってそうでしょう? その“唯一”となった人が血を与えてくれれば、ハンター協会が血液を用意する負担が減るし、何より違反吸血をする吸血鬼が減るでしょうから」
「違反吸血?」
また新しい単語に質問を返す。
でもそれには櫂人が答えてくれた。
「相手の許可なく直接首筋から吸血することだよ。吸血鬼とハンター協会で決められたルールの一つだ」
「へぇ……」
でも確かに本人の許可なく血を吸ったら普通に犯罪っぽいもんね。
納得していると、久島先生が続きを話してくれた。
「だからハンター協会では“唯一”のことを研究しているの。詳しい関係性はまだ分かってないから、とりあえず協力してくれる“唯一”の人たちから血液サンプルを貰っているのよ。……さ、こっちに来てちょうだい」
「え? 久島先生がやるんですか?」
「そうよ。安心してちょうだい、ちゃんと資格はあるから」
「そうですか……」
普通に納得の声を上げたけれど、先生をしているってことは教員免許もある訳で、その上で採血が出来るような資格もあるとか……。
もしかしてハンターをしている人って物凄くハイスペックなんじゃないの?
なんてことを考えているうちに、久島先生は慣れた様子で採血を終わらせてしまった。
私も血を抜かれるのに慣れているっていうのもあるだろうけど、久島先生の採血は手早くて上手だ。
ますます凄い。
「さ、櫂人くん。血液パックを」
「ああ」
久島先生は先ほど言ったように血液パックに一滴ほど私の血を入れ、櫂人に返す。
混ざるように軽く揉んでからもう一度口をつけた櫂人は、微妙な顔をした。
「まあ、さっきよりは飲める感じだな。……恋華の血には足元にも及ばない味だけど」
そう感想を告げると、また口をつけて飲み続ける。
とりあえずはこれで大丈夫そうだと分かってホッとした。
「ふふっでも櫂人くんにも“唯一”が現れるなんて……案外世界は狭いのかもしれないわね」
「……櫂人に“も”? 他にも“唯一”を見つけた吸血鬼がいるんですか?」
一人の吸血鬼に対して、世界中でたった一人だという“唯一”。
そんな途方もない確率で出会えた吸血鬼が久島先生の知り合いにもう一人いるということか。
「あなたも会ってるはずよ? 大橋
「大橋さんが?」
「ええ。私は彼と仕事上のパートナーだったの。そのまま人生のパートナーになりたかったけれど、“唯一”を見つけたって言って振られちゃった」
「そんな……」
明るく笑顔を見せて話す久島先生だけれど、どこか物悲しさを感じる。
きっとまだ失恋の痛みは残ってるってことなんだろう。
でも、失恋の原因となった“唯一”と同じ存在である私が何か言っても嫌味になりそうで……それ以上何も言えなかった。
「あ、ごめんなさいね? 気にしないで頂戴。仕方のないことだし、失恋なんて誰にでもあることなんだから」
だから少ししんみりした空気を感じ取った様子の久島先生の言葉に、「……はい」としか返せなかった。
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