保健室の黒王子③
「私は
「へ?」
「一応俺のサポート役らしい。普通に生活していれば必要ないんだが、俺はちょっと荒れてた時期があったからな……」
だからお目付け役として久島先生が派遣されてきたのだという。
いや、ハンターってそんなこともするの?
警察みたいな機関って聞いたけれど、それって福祉系のお仕事じゃない?
色々と疑問はあったけれど、ハンター協会という機関自体得体の知れないものだからそういうものなんだろうと納得するしかなかった。
「あ、だから櫂人は保健室によくいるの?」
「ああ。でもちゃんと必要最低限授業は出てるぞ? それ以外はここだけど」
「……理由、聞いて良い?」
朝聞けなかったこと。
今なら聞けるかなと思って質問すると、「ああ」と軽く答えが返ってきた。
「簡単なことだよ。俺が教室にいると男連中は怖がるし、女連中は擦り寄ってきて面倒なんだ」
「ああ……」
ある意味予想通りといえば予想通り。
私のクラスの人たちも、櫂人に対しては似たような反応だもんね。
「とにかく二人とも、お昼食べない? 食べながらゆっくり話しましょう?」
「あ、そうですね」
久島先生の言葉に、私たちはそれぞれのお昼ご飯をテーブルの上に広げて食べた。
しばらくは味わえないだろう真人さんのお弁当に舌鼓を打っていると、久島先生は真面目な顔で話し出す。
「恋華さん。申し訳ないけれど、あなたのことは病気のことも聞かせてもらったわ」
「あ、はい」
話す必要があるのかな? と疑問ではあったけれど、別に秘密にしているわけではなかったからただうなずく。
「多血症と聞いたけれど、治療法は薬?」
「あ、いいえ。薬は合わないらしくて、月に一度
「瀉血……血を抜いているってことね……」
治療法まで聞かれてますます疑問に思うけれど、とりあえず答えた。
すると久島先生は総菜パンに噛り付いている櫂人を見る。
「櫂人くん、やっぱり彼女の血は吸わない方がいいわ。“唯一”の血は少量でいいとはいえ、血を抜く治療をしているのならやめておいた方がいい。血が足りなくなったら危ないからね」
「……そうか」
「え? 何? どういうことですか?」
久島先生の話が見えない。
なんの話をしているか分かっているらしい櫂人は不満そうな顔をしつつもなにか納得しているけれど……。
「ああ、ごめんなさい。櫂人くんに聞かれたのよ。あなたの血を吸っても大丈夫かどうか」
「え?」
「血に関わる病気で治療をしているみたいだから、彼が血を吸うことであなたに悪影響があったら困るって」
「えっと……つまり櫂人は私の血を飲みたいってことですか?」
吸血鬼なのは分かっているし、“唯一”というのが特別な存在で他の人間の血よりも少量の血で満足できるっていうのは知っているけれど……。
でも私が櫂人の“唯一”だと分かった三日前から今まで、血を求められたことはないから彼が飲みたいと思っているとは知らなかった。
「そりゃあ飲みたいでしょうよ? 聞いた話でしかないけれど、“唯一”の血は甘露のように甘くて美味しいらしいもの」
私は吸血鬼じゃないからサッパリ分からないけれど、と久島先生は困り笑顔で教えてくれる。
知らなかった事実に「そうなの?」と櫂人を見ると。
「実際ケガを治したときの血が、甘くて
「そう、なんだ……」
吸血鬼なんだし、首筋を咬んで飲むんだよね?
痛いのかな、と思うと少し怖かったけれど……でも、櫂人にそうされることを想像したら何だか凄くドキドキしてしまう。
少なくとも、私吸血されるのは嫌じゃないみたい。
でも……。
「でも、私が血に関わる病気だから櫂人は飲めないってことですよね? 普通の血じゃないから、櫂人にも良くないんでしょうか……?」
櫂人が欲しいって思ってくれているものをあげられないのは……ちょっと悲しい。
そう思っていると、「それは違うわ」と久島先生はハッキリと告げた。
「どんな血であろうとも、“唯一”が持っている血だから吸血鬼は求めるの。あなたの血のせいで櫂人くんがどうこうなるってことはないわ」
「そうなんですか?」
「ええ。それに言ったでしょう? 彼は、“あなた”に悪影響があったら困るって言っていたのよ?」
「あ……」
そっか……櫂人は自分にとって悪い血じゃないかと考えていたわけじゃなくて、私自身の心配をしてくれていたんだ。
「あなたの血を飲まない方がいいと言ったのは、瀉血という治療法に影響しかねないからよ」
「治療法に影響、ですか?」
「ええ。いくら吸血が少量でいいとはいえ、一定量血が出てしまった状態。それなら瀉血で取る量を減らさないとならないかもしれないわ」
「そう、ですね」
「でも減らしてもらうための理由は言えないでしょう? 吸血鬼に血を飲まれたので、なんて言えるわけがないし」
「……」
確かにそんなことは言えない。
というか、まず信じてもらえないだろうし。
「かといって血を吸い取った理由を毎回考えるのは苦労するだろうし」
「そうですね」
久島先生の説明に納得する。
せめて真人さんに本当のことを話さない限り、櫂人に血はあげられないだろう。
櫂人が飲みたいと言うならあげたいけれど、瀉血のたびに理由を考えるのはキツイ。
まさか毎回出血を伴うケガをしたなんて言えないし。
「……ごめんね?」
申し訳ないなと思って櫂人を見て謝る。
でも櫂人は不満げだった顔をフッと柔らかい笑みに変えて、「気にすんな」と言ってくれた。
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