保健室の黒王子②

「だから付き合ってるの。私、櫂人の彼女になったの!」



 この際だからハッキリと宣言した。


 すると途端に騒がしくなる。



「え⁉ ウソでしょ⁉」


「でも黒王子の名前呼び捨ててたよ⁉」


「マジで? あの怖ぇ先輩の彼女に⁉」



 そんな声が飛び交う中、鋭い目をして睨んできている女子が数人いた。


 金曜日、私の鞄を隠した子たちだ。


 この様子だとまた何かしてくるだろうな。


 分かってはいたけれど、憂鬱な気分になる。


 でも、堂々と櫂人の隣を歩きたい。


 私は心を奮い立たせて、彼女たちの突き刺さるような視線を受け止めた。


***


「保健室、こっちで合ってるよね?」



 朝の宣言でいつも以上に騒がしい教室から逃れて、櫂人に言われた通り昼休みに保健室に向かった。


 こっちの方はあまり人が来ないのか、教室に比べるとかなり静かだ。


 私はまた隠されない様にと持ってきた鞄を持ち直して、保健室と書かれたプレートのドアの前に立つ。


 ドアの前には『職員室にいます』と書かれた札。


 保健室の先生はいないみたいだけれど……。



 コンコン



 一応ノックしてからそっと横開きのドアを開けた。



「櫂人?」



 待ってると言っていたけれど、本当にいるのか分からなくてそっと声を掛ける。


 でも応える声はなくて、私は保健室の中を見回しながら中に入ってドアを閉めた。



「櫂人? いるの?」



 もう一度声を上げたけれど反応がない。


 いるとすれば、カーテンが閉められたベッドの辺り。


 もしかしたら寝ているのかな? と思いつつ、いるかどうかの確認のために少しだけカーテンを開けて見てみた。



 ……いた。



 シャツの首元のボタンを緩めて、横になっている。


 眠っている様だったから、静かにカーテンの中に入って近くの椅子に座った。



「……綺麗」



 ポツリと言葉が零れ落ちる。


 闇のような黒髪が縁取る白い肌。


 切れ長の目は閉じていると鋭さが和らいでいる様に見える。


 惚れ惚れするような形の良い鼻筋に、主張しすぎない頬骨。


 なめらかな顎のラインに、薄い唇。



「眠れる森の美女ならぬ美男子って感じ」


「……だったら、キスで起こしてくれよ」


「っ⁉」



 見ていた唇が突然動いて驚くと、節ばった手が伸びてきて頬に触れた。


 櫂人の手のぬくもりを感じて動けずにいるうちに、グッと体を起き上がらせた彼の顔が近くに来る。



「んっ……」



 ついばむバードキスに声を漏らすと、すぐに声ごと食べるような深いキスが襲う。


 舌が絡めとられて甘噛みされると、脳の奥がジンジンと熱くなってくる。


 熱で思考がマヒしてしまいそうな感覚に、ここがどこなのかも忘れて私は櫂人に溺れた。



「あっ……ふぁ……」



 頬に触れていた手は後頭部に回り込み、私を逃がさない様に掴んでいる。


 そのまま引かれていき、もう片方の腕に抱き締められた。


 私も櫂人を求めるように腕を回そうとしたけれど、その前に体を反転させられてしまう。



「んっ、かいとぉ……」


「恋華……クッソ可愛い……」



 圧し掛かった櫂人は余裕のない顔をしていて、それがまた私をゾクリと震わせる。



「こういう事するために呼んだわけじゃないんだけどな……」


「かい、と?」


「ダメだ、無理。可愛すぎ。我慢なんて出来るわけねぇ」



 夜まで待てねぇよ、と荒く息を吐いて私の首筋に顔を埋めてきた。


 熱い舌が筋を舐めて、ゾクゾクと駆け上がるものに抗えない。



「悪い、恋華……もうちょっと」


「あっ……かい――」



「……ごめんね。ここ、ラブホじゃないのよ」


「――っ⁉」



 突然落とされた第三者の声に、私は一気に現実に引き戻された。



 わ、私、学校でなんてことを⁉


 というか今の見られた⁉



 慌てて起き上がり身だしなみを整えながら声の人物を見る。


 焦げ茶の長い髪を緩く巻いた、可愛い系の顔立ちをした女性。


 白衣を羽織っていたから、保健室の先生だと分かった。



「す、すみません!」


「ああ、いいのよ。“唯一”を前にした吸血鬼はどうしたって抑えが効かなくなるものみたいだから」



 ただ場所は考えて欲しい、と困ったように頬に手を当てる先生。


 その先生の言葉に私は「え?」と驚きの声を上げる。



「今、吸血鬼って……先生、櫂人のこと知ってるんですか?」


「もちろん。というか、櫂人くんから何も聞いてないの?」


「え?」



 逆に聞かれて、何も聞いてないよね? と思い起こす。


 あ、でも……そう言えば紹介したい人がいるからとか言っていたような気がする。



「顔を合わせて話した方が手っ取り早いだろ?」


「櫂人くん……それでもある程度は話しておくものよ?」



 前髪をかき上げながらベッドに座り直した櫂人に、先生は呆れた様子。


 でもすぐに気を取り直して私の方を見た。



「まあ、それならまずは自己紹介かしら?」


「あ、私は――」


「ああ、あなたのことは聞いているから大丈夫よ。櫂人くんの“唯一”である片桐恋華さん?」



 既に知られていることに目を丸くすると、先生はニッコリ笑って自己紹介をはじめた。

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