真人への相談③

「えっと……それで、なんですけど」


「ん? なんだい?」


「彼氏が、一緒に住まないかって言ってるんですけど……」



 ダメですよね? と消え入りそうな声で付け加えておく。


 ダメなのは分かってる。それでも聞いてみるだけ聞いてみただけだ、と予防線を張るように。


 でも、すぐにダメだと反対すると思っていた真人さんは意外にも考え込むように顎に指を置いた。



「……えっと、真人さん?」


「……それは、私は彼氏に嫉妬されてるのかな?」


「え⁉ あ、えっと……はい」



 困ったように微笑む真人さんにどう答えたものかと慌てる。


 でも結局は正直に答えた。



「彼の親は良いと言っているのかい?」


「え? あ、いえ。彼は一人暮らししているので……」


「一人暮らし?」



 途端、真人さんの表情が厳しいものになる。


 まあ、そりゃそうだよね。


 いくら血のつながった家族じゃなくても、保護している女の子を一人暮らししている男の家に住まわせるなんて良識のある大人なら許さないだろうから。


 櫂人ごめん、やっぱり無理そう。


 心の中で謝っていると、厳しいままの表情で考え込んでいた真人さんが口を開いた。



「……まあ、いいんじゃないかな」


「やっぱりダメですよね――って、え⁉」



 思っていたものとは違う言葉が返って来て聞き間違いかと目を見張る。


 でも続いたのはやっぱり許可の言葉だった。



「実はね、今ちょっとクリニックの方とは別件で仕事が立て込んでいてね。明日からは夜もこの家を空けることが多くなりそうなんだ」


「え⁉ そうなんですか?」


「ああ。君を一人にしてしまうと心配だったんだけれど……その櫂人くんが君と一緒にいてくれるというなら安心だと思ってね」



 そういうことなら、確かに私一人でいるより誰かと一緒にいた方が安心なのかもしれないけれど……。



「で、でも……別の心配とかはしてないんですか? 若い男女が二人きりって」


「ははっ。まあ、普通はするかもしれないね。でも櫂人くんは君に酷いことはしないだろう?」


「え? ま、まあ……酷いことはしませんけど……」



 でも代わりに甘いことはたっぷりされる気がする。


 ……あれ? 私櫂人と一緒に暮らして本当に大丈夫なのかな?


 昨日はそんな雰囲気にはならなかったけれど、櫂人の想いの深さを考えると毎晩でも求められそうな気がする。



「それなら大丈夫だよ」



 不安になって来た私とは逆に、安心してなんの問題もなさそうに食事を再開する真人さん。


 櫂人は喜ぶだろうし、一人で過ごさなくてもよくなったのは私も助かるけれど……。


 でもここまで安心しきった様子の真人さんを見ると、本当に良いのかなぁと思ってしまうのだった。


***


『は? いいのか?』



 何はともあれ許可は貰えたので、お風呂も終えた後自室に戻った私は櫂人に電話をして伝えた。



「うん。真人さん、明日から仕事で夜も空けるようになるんだって。私を一人にするのも心配だからって、すぐに許可をくれたよ」


『そうか……まあ、俺がそうしたいって言ったことだから嬉しいけどな』



 櫂人も本気で許可が貰えるとは思っていなかったんだろう。


 電話越しだけれど、少し戸惑っているのを感じた。



『まあ、断られたら断られたで直接会って頼むつもりだったけど』



 最悪奪ってでも自分の家に連れて行くつもりだったと話されて、そんな誘拐まがいなことをさせなくて済んで良かったと本気で思う。



「じゃあ着替えとか色々準備するから、今日はこれで切るね」


『ああ、分かった。そうだ、明日の朝は迎えに行くからちゃんと待ってろよ?』


「え?」


『じゃあ、おやすみ恋華』


「あ、うん。おやすみ櫂人」



 最後に告げられた言葉を聞き返そうとしたけれど、就寝の挨拶をされて電話は切られてしまった。


 迎えに来る?


 って、もしかして初めの日みたいにバイクで送ってくれるってこと?


 それに思い当たって、私は複雑な顔を黒くなったスマホの画面に映した。



 櫂人と一緒に登校出来るのは純粋に嬉しいけれど、学校のみんなに知られたらどうなるか……。


 特に鞄を隠した彼女たちにはまた何かされるかもしれない。


 それを思うとため息が出てしまうけれど、だからといって櫂人とのことをコソコソしたくもなかった。


 負けたくない。


 櫂人は、私の未来なんだから。



 幼い頃の小さな約束が私を繋ぎとめていてくれた。


 ずっと会いたかったと、私が生きていることを喜んでくれた。


 病気のせいでもしものことがあっても、助けてくれると言った。


 そのすべてが、私に未来を見せてくれる。


 だから、弱いままでなんていられない。


 櫂人と一緒にいられるように、私自身も強くなろうと思った。

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