顔見せと捜索のお願い②

「総長の女はチームにとっても守るべき女なんだから」


「そうなんですか?」


「そうそう。それに生死に関わるってくらい大事な薬なんだろ? 利用できるものは利用しなきゃダメだって」


「そう、ですね。ありがとうございます」



 お礼を言うと、ムスッとした櫂人が湊さんを押しのける。



「湊、近い。いいからお前もさっさと行け」


「へいへい。ったく、ベタ惚れだな」



 からかいと呆れの言葉を残し、湊さんも去って行った。


 その後私と櫂人は当初の予定通り私の着替えを取りに行き、一端櫂人の家に戻る。


 《朱闇会》の人たちから何度か経過報告を受けながら過ごしているうちに、すっかり日は落ちていた。


***


「見つからなかったか……」


「うん……」



 流石に暗くなってからの探し物は難しい。


 今日は誰かが拾ってないかもう少し聞き込みをしたら解散してくれと伝え、私たちは櫂人の家に戻る。


 食事もシャワーも終えて、本日最後の報告を聞いた櫂人が申し訳なさそうに眉尻を下げた。



「悪いな、ちょっと長期戦になるかもしれない」


「いいよ。探してもらっているのに文句は言えないし」



 ベッドに腰掛けていた私は気にしないで欲しいと櫂人を見上げる。


 薬が見つからないのは確かに不安だけれど、こればっかりは仕方がない。


 私自身が昨日の現場に行ければ良いけれど、近付いただけで怖くなって足を止めてしまったし。


 それに本当にあの辺りで落としたのかも分からない。


 今みたいに人海戦術で探すしか無いだろう。



「……」



 櫂人は無言で隣に座って、自然な仕草で私の肩を抱く。



「……恋華、一応……念のために聞いておきたいんだけどな?」


「ん、何?」



 ためらいがちな言葉に何を聞かれるんだろうとちょっと身構える。



「もし、薬が見つからなくて万が一のことになったとき……」


「……」


「お前を……吸血鬼にしても良いか?」


「……私を吸血鬼に?」



 想像もしていなかった言葉にただただ驚いた。


 どういうことなのかと聞き返す前に、櫂人は説明してくれる。



「吸血鬼は死にかけた人間と遭遇し、その人間が吸血鬼になってでも生き延びたいと意思を示した場合のみ自分の血を入れてその人間を吸血鬼にすることが許されてるんだ」



 だから、万が一のときは……と。



「お前の病気は血に関するものなんだろう? 吸血鬼の血になることで、病気自体も無くなるかもしれない」



 薬を探しながら、心配した櫂人に病気のことを詳しく聞かれた。


 もしかしたらそのときから考えていたのかもしれない。



「それに何より……」



 話しながら、肩を掴む力が強くなってくる。


 その手が少し、震えている様な気がした。



「櫂人……?」



 何を思っているのかと、すぐそばにある彼の顔を見上げる。


 櫂人は前を見ていて私とは視線を合わせない。


 その目には、どこか怯えのようなものが垣間見えた。



「お前を、失いたくない……」


「櫂人……」



 ギュッと、胸が締め付けられる。


 ゆっくりと私を見た彼の目は、いつもの強さはなく揺らいでいる。



「恋華……お前がいなくなったら、俺はきっと狂ってしまう。だから……」



 だから、吸血鬼になると言ってくれ。


 言葉には出さなかったけれど、そう言われた気がした。


 私は一呼吸置いてから微笑んで答える。



「いいよ。……そのときがきたら、私を吸血鬼にして」


「恋華……ありがとう」



 ホッとした櫂人は、そのまま私をぎゅうっと抱きしめる。


 私も彼の背中に腕を回し抱き返した。



 吸血鬼になるなんて、きっと何も知らなかった一昨日までだったら拒否していたかもしれない。


 でも私は知ってしまった。


 櫂人という吸血鬼の存在を。


 本当の吸血鬼は、伝説やヴァンピールの様な化け物ではなく人と同じ温かな存在なんだと。


 そして、私をずっと想っていてくれて……ただ一人の存在だと求めてくれる櫂人。


 彼を残して、死んでしまいたくないと思ったから。


 だから、吸血鬼に……櫂人と同じ存在になることに抵抗はほとんどなかった。



 その夜は幾度も唇を重ねて……ただお互いの腕の中で安らかに眠った……。

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