顔見せと捜索のお願い①
昼間の茜渚街は昨夜の恐ろしさが嘘のように賑やかだった。
休日というのもあるんだろう。私服の若者も結構いる。
櫂人の家を出たのは昼近かったこともあり、昼からやっている飲食店目当てに来ている人が多いようだ。
注意喚起は主に夜この街に来てはいけないというものらしく、昼間は気にせず来る人も多いんだと櫂人に聞いた。
その櫂人は、私と手を繋いで迷わずどこかに向かっている。
「櫂人、どこに向かってるの?」
「《朱闇会》の集会場所だ。幹部だけなら家の一階使ってもいいんだけどな、人手が必要そうだからもうまとめてお前の顔見せをする」
「その顔見せって何? というか、人手ってもしかして……」
「薬を探すための人手な。あと、俺の彼女である恋華の紹介をするんだよ」
「紹介⁉」
話の流れからいって《朱闇会》の人たちに薬を探すのを手伝って貰おうとしているのは何となく分かった。
でも、櫂人の彼女として紹介されるなんて。
「嫌か?」
「え……嫌っていうか……恥ずかしいというか、照れるというか……」
少し赤くなりつつ答えると、優し気に目を細めた櫂人が私の額にチュッとキスをする。
「え? な、何? 突然」
「いや、可愛くてしたくなった」
「っ⁉」
いや、こんな真昼間から何するの⁉
甘すぎるんだけど⁉
一昨日最初に会ったときは怖そうとも思ったし、クールな印象だったのに。
昨晩から櫂人の糖度は増す一方で止めどない。
嬉しいけれど、甘さに溺れてしまいそうだと思った。
溶かされそうな気分のまま連れて来られたのは茜渚街の端にある神社――の駐車場。
そこにはすでにたくさんの男の人が集まっていて、ちょっと気おくれした。
「とりあえず、お前は黙って俺の隣にいればいいから」
「う、うん」
集団に近付きながらそんな言葉を交わしていると、その集団の中にいた唯一知っている人が私たちに気付いて近付いてくる。
「おー、来たな。恋華ちゃん昨日ぶり。櫂人にちゃんと優しくしてもらえた?」
「え? えっと……はい」
笑顔の湊さんの言葉に何か意味深なものを感じつつ、よく分からないまでも肯定の返事をした。
すると笑顔がニヤニヤしたものに変わる。
「へぇー……櫂人かなり独占欲とか丸出しだったし、抱きつぶされてんじゃないかなって心配してたんだよな」
「だっ抱きっ⁉」
この人も真昼間からなんてことを言っているんだろう。
恥ずかしくて一気に顔を熱くさせていると、櫂人が間に入るように湊さんを押しのけた。
「湊、近すぎ。あとコイツの顔赤くさせんのは俺だけだから」
「ハイハイ。……ホント、櫂人が惚れた女のためにこんな簡単に嫉妬する男だとは思わなかったよ」
呆れとからかいが混じった笑み。
櫂人は気にすることなく真面目な顔をして話題を変えた。
「何とでも言え。それより、みんな集まったか?」
「ああ」
二ッと笑って返事をした湊さんは、集団に向き直り低い声を怒鳴るように張り上げる。
「てめぇら! 総長が来たぞ⁉ 並びやがれ!」
その声に、ただの集団だった男たちが整然と並び深く頭を下げた。
総長という言葉が出ただけでここまで変わるなんて。
櫂人の統率力というか……カリスマ性が凄い。
櫂人が通れるよう開けられて並んだ彼らの間を私たち三人は進んで行く。
そうして階段を数段上って振り返った。
軽く見回しただけでも三十人以上はいる。
四十……ううん、五十人くらいはいるのかもしれない。
「みんな、急だったけど集まってくれてありがとな」
少し壮観な眺めに、櫂人が声を掛ける。
張り上げているわけでもないのに、櫂人の声はよく響いた。
一斉に顔を上げた彼らに、櫂人は告げる。
「まずは、コイツの顔覚えとけ。俺の大事な女だ。手ぇ出すんじゃねぇぞ?」
冷たくも見える眼差しに、思わずゾクリと心が震えた。
《朱闇会》の総長としての櫂人の顔。
怖いとも思ったけれど、これも櫂人の一面だと思うとなぜだかドキドキした。
「で、こいつの生死に関わる大事な薬が無くなった。茜渚街にある可能性が一番高い。何としてでも探し出せ!」
『おっす!』
野太い声が重なり、それを受け櫂人は頷いた。
そうして薬の詳細を話すと、みんな早速探しに散っていってくれる。
有難いけれど、いいのかなと思ってしまう。
彼らにとって私は新参者みたいなものなのに、と。
でも湊さんには「気にすんなって」と軽く言われた。
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