二章 探索
バラの薬①
「そう言えば、恋華は今までどういう生活をしていたんだ?」
共に眠って、朝の微睡みの中聞かれた。
その言葉で、そう言えば昨日は櫂人のことばかりを聞いて私のことは話していなかったなと気付く。
どこまで話そうかと思ったけれど、櫂人は辛いだろう母親のことも話してくれた。
なら、全部を話そう。
どうせ今言わなくてもいずれは話すだろうから。
「元々はここから離れた街に住んでいたんだけどね、小二の頃お父さんがヨーロッパの方に転勤になって……そこからあっちの方を転々としていたの」
そう話し始めて、半年前の事故のことも話す。
次の転勤先に向かう途中の電車事故。
場所も悪かったのか、私たちが乗っていた車両はほぼ縦の状態になってしまって……火の手も上がる中なんとか人は救出されたけれど、半数は亡くなってしまった。
死因は圧死。
私の両親も同じだった。
助け出されたときはかろうじて意識があったらしく真人さんに私のことを助けて欲しいと伝えたけれど、その後すぐに亡くなったらしい。
「……]
私の髪を撫でながら話を聞いていた櫂人は、途中から手を止め絶句したように驚いた表情で無言になった。
まあ、反応に困る内容ではあるよね。
そこそこ
でも変な感じに同情だけはされたくなくて、大丈夫だよと口にしようとしたんだけど……。
「……辛いな……でも」
切なそうに目を細めた櫂人は、私をギュウッと抱き締める。
「それでも、お前が生きていてくれて良かった……」
「……うん、そうだね。私も生きていて良かった……」
私も櫂人の胸に頬をくっつけるようにして身を任せた。
同情というわけではなくただ辛さを理解してくれて、生きていることを喜んでくれている。
嬉しかった。
意識を失っている間に両親が亡くなって、現実を受け入れられなかった直後は本当に荒れた。
両親の言葉があったから自殺するのは思いとどまったけれど、助けてくれた真人さんに「どうして私だけ助けたの⁉」と暴言を投げたこともある。
でも、生きていて良かった。
生きていたから、櫂人にまた出会えて愛し合うことが出来たんだもの。
櫂人を一人にせずにすんだ。
この温かな腕の心地よさを知った。
この喜びを知ることが出来て、本当に良かった。
「……でも、それなら今はどうしているんだ? この辺りに親戚がいたのか? それとも一人暮らし?」
そして、過去よりも今のことを聞いてくれる。
まだ半年しか経っていないから、思い出すのは辛いって気付いてくれたみたい。
そんなちょっとした優しさに、胸が温かくなった。
「親戚といえるような人はいないんだ。今は事故のとき助けてくれた人が私の主治医兼後見人として一緒にいてくれてるの」
「主治医?」
「うん。助けてもらったときにした血液検査で、病気が発覚したの。あ、でも定期的に処置すれば大丈夫な病気だから」
直接的に生死に関わる病気じゃないと説明する。
「それは、治る病気なのか?」
「治るってことはないみたい。でも定期的に処置すれば大丈夫だし、万が一のときにって薬も持っているから」
薬は最後の手段だけれど、と話しながら、そういえばどうして最後の手段なのか聞いていないなと思う。
まあ、治療のための薬が合わないらしいから、きっとアレルギー反応が出てしまうとか何かしら副作用があるのかもしれない。
そんな感じで納得していると、櫂人の腕の力が一層強くなってギューッと抱き締められた。
そして力が緩むと少し硬い声が掛けられる。
「……ちなみにその主治医って、男か?」
「え? うん」
答えながら見上げると、明らかに不機嫌な表情が見えた。
「一緒にいるって、同居してるってことか?」
「うん。そうなるね」
私の答えを聞いて、更にムスッとなる櫂人。
これってもしかして……嫉妬してる?
「えっと……真人さんは親子くらい年の離れている人だし、櫂人が心配するようなことはないよ?」
「恋華はそう思っていても、その主治医が同じように思ってるとは限らないだろ?」
「ええ? そんなことないと思うんだけど……」
真人さんの私を見る目はどう考えても子供を見る目だ。
慈しむというか、守るべき対象みたいに思われていると思う。
私の両親に頼まれたからということもあるし、患者でもあるから異性としては見ていないんじゃないだろうか。
でも、真人さんと会ったこともない櫂人からすれば自分の彼女が血のつながらない男と同居しているとしか思えなかったんだろう。
「恋華、お前ここに住め」
思ってもいなかった提案をされた。
「は?」
「今までは大丈夫だったかもしれないが、これからもそうとは限らないだろ? てか俺が嫌だ」
「嫌って……」
「病気の方だって定期的な通院で大丈夫なんだろ? ここに住めよ」
……困った。
嫉妬してくれるのは嬉しくもあるけれど、主治医でもある真人さんと離れて櫂人と一緒にここに住むなんて……。
まあ、嫌ではないんだけれど。
「……じゃあ、聞くだけ聞いてみるよ。彼氏の家に住んでも良いかって」
「……それ、保護者的には反対される言い方じゃないか?」
「だろうね、でも嘘をつくわけにはいかないし。病気のこともあるから」
櫂人と一緒に住むことは嫌じゃない。
むしろいいなって思った。
でも、病気のこともあるから迷惑が掛からないかと不安もある。
だから、ちゃんと真人さんの許可が出たらという結論に至った。
「……分かったよ」
櫂人もそこは理解してくれているんだろう。
渋い顔をしていたけれど了承してくれた。
まあ、流石に真人さんからOKが出るとは思えないけれど……聞いてみるくらいは良いよね。
私は多分無理だろうからと、今を噛み締めるように櫂人の胸に顔を埋めた。
***
「そう言えば、櫂人は昨日どうしてあんなにすぐ駆けつけてくれたの?」
櫂人の水色のシャツのまま、遅めの朝ごはんを一緒に食べながらふと思い出して聞いてみる。
「ん?」
「私がヴァンピールに襲われていたときのこと。茜渚街が櫂人たちの縄張りだってのは分かるんだけど、それにしては早かったし対応が慣れてたって言うか……」
すぐにハンターの大橋さんに連絡を取ったり、色んな判断や行動が早かった気がする。
もしかしたら櫂人たちはあのヴァンピールを探していたんじゃないかな? と予測をつけて聞いてみた。
「ああ……今俺たち《朱闇会》は大橋さんをはじめとしたハンター協会の人たちに協力しているからな」
そう言ってトーストに噛り付いた櫂人は飲み込んでから説明してくれる。
「恋華は……この茜渚街に殺人鬼が潜んでいるっていう注意喚起のことは知ってるんだよな?」
「うん」
「その殺人鬼っていうのは、ヴァンピールのことだ。茜渚街に現れるヴァンピールを捕まえるために、協力を要請された」
「……そっか」
何となくそうじゃないかとは思っていた。
昨夜女性を襲っていたあのヴァンピールを見た瞬間、殺人鬼の噂が脳裏を
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