一つに……③
「大橋さんは母さんの所在確認をしに来たって言っていた。ハンター協会はある程度吸血鬼を把握しないとならないらしくて……で、いなくなったことを話したら……」
「……話したら?」
「……“唯一”を……見つけたんじゃないかって」
「“唯一”を?」
“唯一”って、櫂人にとっての私みたいな?
「父さんは、母さんにとっての“唯一”じゃなかった。……でも仲の良い夫婦ではあったんだ」
そこで一つ息を吐いて、櫂人はベッドに腰掛ける。
「父さんは、いくら“唯一”を見つけたといっても何も言わずにいなくなるはずないって言ってたよ。でも、俺は……」
辛そうに語る櫂人に、私は手を伸ばした。
辛く、悲しそうな櫂人を見ると胸がギュッと締め付けられて……抱き締めたいと思った。
でも、その前に伸ばした手を櫂人に取られる。
そのまま彼の頬に誘導された。
「俺は、父さんほど母さんを信じられなくて……荒れた。茜渚街でケンカばっかりして、いつの間にかガラの悪い連中が集まるようになって……そういうのを取りまとめたりしているうちに、《朱闇会》が出来上がったんだ」
「そう、だったんだ……」
私の手のぬくもりを確かめるように頬をくっつける櫂人。
そのまま滑る様に彼の顔が動き、チュッと手のひらにキスをされた。
「っ⁉」
「でもな……今は信じられる」
私の手のひらに息をかけながら話す櫂人は、悲し気だった雰囲気を甘えるようなものに変えて伏せていた瞼を上げる。
上目使いに私を見上げた黒曜石のような瞳には、甘い熱が宿っていた。
「恋華、お前が教えてくれたんだ」
「私が?」
どういうことだろうと首をひねると、掴まれていた手がゆっくりと引かれて腰に櫂人の手が回される。
座っている櫂人に腰の辺りを抱き締められる形になって、私のお腹の辺りに彼の頭がある状態。
抱き締められているのもそうだけれど、この体勢自体も何だか恥ずかしくて鼓動が早まっていく。
「恋華……俺の“唯一”。今日俺は、吸血鬼にとって“唯一”がどんなものなのかを知った。狂おしいほどに求めて、全てが欲しいと思ってしまう存在」
「っ!」
見上げる瞳に宿る熱が、炎になって揺らめいているかのよう。
それくらい熱い眼差しだった。
でも、その炎は燃え盛る前に優し気な揺らめきに変わる。
愛しいと、言われているような気がした。
「……でもな、理性は無くならない。例え“唯一”を見つけても、その存在をどんなに求めていても、ちゃんと考えられる理性はある」
そう言って櫂人は私の腰から手を離し、今度は両手で頬を包み込んだ。
まっすぐ、優しく甘い熱が向けられている。
「理性があるなら、母さんが黙って俺と父さんを捨てていなくなるわけがない。あの人は情に厚い人だから」
だから今は、信じられるのだという。
きっと、もっと別の事情があったんだろうって。
「恋華……お前は俺の“唯一”で、一目惚れした女で、そして俺の心を救ってくれた特別な女だ」
「櫂人……」
「お前以外はいらない。お前だけが欲しい」
瞳に宿った熱が声にも影響しているのか、櫂人の声は甘く響いた。
「恋華……お前のすべてを俺にくれ」
ぐっと近付いて来る艶めいた表情。
欲の炎をちらつかせた瞳に見つめられて、甘く響く言葉を紡ぐ唇に吸い寄せられる。
私も櫂人の肩に手を置いて、触れたいという思いのまま近付く。
「うん、いいよ……櫂人に私の全部、あげる」
囁くように告げて、唇が触れ合った。
緊張していたのがウソのように、今はお互いがお互いを欲している。
柔らかな唇は優しくついばみ、櫂人の手が私の髪を撫でる。
二人の間にある隙間すらなくしたくて、ぎゅうっと抱き合った。
「んっ……恋華……」
離れた唇がもどかしそうに名を呼ぶと、力強い腕が私の身体を優しくベッドに横たえる。
二人分の重さに深く沈んだベッドがギシリと鳴った。
私が下になったことで、櫂人の姿が良く見える。
引き締まった体。
力強い腕。
まだしっとりと濡れた黒髪は彼の整った顔を妖艶に縁取る。
切れ長の目は怖いくらい真っ直ぐ私を見下ろす。
体だけでなく、心すらも見透かされそうな眼差しにフルリと小さく震えた。
「……怖いか?」
「……ちょっと」
答えると、優しいキスが降ってくる。
チュッチュッとリップ音を響かせながら私の恐怖を吸い取ってくれているみたい。
「んっ……かい、とぉ……」
「ああ……その甘ったるい声、ヤバイ。もっと聞かせてくれよ」
キスで溶かされ恐怖も薄らいできたころには、逆に櫂人の中の熱が高くなってきたみたいだった。
暑い吐息が私の肌にかかって、私まで熱くなってくる。
柔肌に触れる櫂人の手は優しいけれど、確実に私を昂らせていって……。
「っ……れん、かっ」
切なげな櫂人の声にきゅぅんっと喜びが湧く。
「好きっ……櫂人、だいすきっ」
「恋華……好きだ……愛してるっ」
名前を呼び合って、気持ちを確かめ合って、私たちは肌を重ねる。
貝が導いた私たちの再会。
元々一つだった貝が合わさったように、私たちは一つになった。
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