一つに……②
「ああ、ダメだ。今抱いたら優しく出来ねぇ……頭冷やしてくる」
「えっと……大丈夫?」
「大丈夫だから……寝室の方で待っててくれ」
少しフラフラしながらバスルームに向かう櫂人を見送りながら、私も彼の残した言葉にふらつきそうになる。
寝室の方で待っててくれって……。
嫌でもこの後のことを意識させられて、心臓がバクバクしてきた。
ちょっと落ち着きたくて水を一杯飲んでから、言われた通りに寝室へ向かう。
さっき警戒して入らなかった部屋。
櫂人の一番プライベートな部屋に、私はゆっくり足を踏み入れた。
紺色や、暗めの青や水色で整えられた部屋。
思っていた以上にスッキリしている部屋で、どこに座って待てばいいのかと思う。
……まあ、きっとベッドの上で待っていればいいんだろうけれど。
でもただでさえ意識しているのに、ベッドの上で待っていたら緊張でどうにかなってしまいそうだと思った。
だから座ることもせず、部屋の中を見回る。
触れずに見ているだけならいいよね?
出してあるってことは見られても平気なものってことだと思うし……多分。
枕元には読みかけらしい本がいくつかあったけれど、カバーをしてるから何の本かは分からない。
その横にはスマホの充電コードがあるだけで、他は何もない。
そのまますぐ近くにある勉強机らしきものに視線を移して無造作に置かれた写真に気付く。
フレームに入れているわけでもなく、本当に無造作に置かれていた写真。
しかも裏になっていないから何が映っているのかが丸見えだった。
「あ、これって……」
映っていたのは綺麗な女性。
どこかの浜辺で、黒髪の男の子と一緒に笑顔で映っている。
「もしかして、櫂人と櫂人のお母さん?」
十二年前の記憶だから顔までは覚えていなかったけれど、この男の子はきっと櫂人だし、それなら一緒に映っているのは彼の母親で合っていると思う。
焦げ茶の髪に茶色い目と、色合いは違うけれど顔立ちの雰囲気が今の櫂人に少し似ているし。
「この人も、吸血鬼なのかな?」
櫂人は親が吸血鬼なら子供は絶対に吸血鬼になると言っていた。
ということは、お父さんかお母さん、もしくは両方が吸血鬼のはず。
そんなことを考えていたら、脳裏に声が蘇った。
『これは秘密だからね?』
声と共に、一場面だけだけれど映像も蘇る。
綺麗な女の人が、私のひじを舐めている場面。
そうか。
さっき櫂人にひじのケガを舐めて治してもらったときに覚えた既視感。
あれは、櫂人のお母さんに昔してもらったのと同じだったからだ。
小さかったから、記憶も薄れてただ手当てしてもらったのだと思っていた。
でも、手当てじゃなくて治してもらったんだということを思い出す。
おかしいとは思っていたんだ。
そのときの話をお母さんとすると、ケガなんてしてなかったわよ? といつも言われていたから。
そりゃあ、綺麗に治っていたならケガなんてしていないって思われてもおかしくはない。
長年の疑問に答えが見つかって少しスッキリした思いでいると、カチャリとドアの開く音がした。
振り向くと、上半身が裸状態の湯上り姿の櫂人がいた。
「っ⁉」
肩にタオルを掛けただけの体は、筋肉質ではないけれどしっかり引き締まっていて余分な肉が無いように見える。
軽くしか乾かしていないのか、しっとりと濡れた黒髪。
湯上りで温まった肌はほんのり赤みを帯びていて、艶めいた色気があった。
「か、櫂人? 服は?」
「ん? いらないだろ、すぐ脱ぐし」
「っ!」
いや、そうなんだろうけどね。
意識して緊張しちゃうし、色気が凄すぎてすでに当てられそうっていうか……。
「てか、何見てたんだ?」
「あ、その、写真があったから」
近付いて来る櫂人にドキドキしながら、写真を指し示す。
「これ、櫂人と櫂人のお母さんだよね?」
「……ああ」
返事が来るまで間があって、どうしたのかなって思う。
見ると、少し痛みに耐えるような渋い顔をしていた。
どうしたんだろう? お母さんと何かあったのかな?
思えば、櫂人のことはほとんど知らない。
吸血鬼で《朱闇会》の総長をしていることは知ったけれど、家族のこととか、どうして今はここに住んでいるのかとか、そういう身近なことは何も知らない。
知りたいな。
「……櫂人のお母さんも吸血鬼なんだよね? さっき思い出したけれど、十二年前の私のケガは櫂人のお母さんに治してもらったんだよね?」
「ん? ああ……てか、やっぱり忘れてたのか。まあ、小さかったしな」
知りたいという思いのまま、聞いてみる。
返事が普通にされてホッとしたから、もう少し聞いてみることにした。
「櫂人のお母さんは今どうしてるの?」
でも、その質問をした途端渋い顔は深まる。
傷ついている様にも見えて、聞かない方が良かったかなと少し後悔した。
「……母さんは、二年前失踪した」
「え?」
思いもしなかったことに言葉が出ない。
でも、櫂人は渋い顔を悲しそうな表情にしただけで、続きを話してくれた。
「突然のことで、何が何だか分からなかったよ。でも、しばらくして大橋さんが家に訪ねて来た」
「大橋さんって、ハンターの?」
「ああ……ハンターであり、吸血鬼でもある人だ」
「ハンターで、吸血鬼……」
吸血鬼なのにハンターになれるの?
つい、そんな疑問が沸き上がった。
あ、でも今のハンターは警察みたいなものだって言ってたからなってもおかしくないのか。
というか、大橋さんって吸血鬼だったんだ。
冷たそうな眼鏡の男性を思い出す。
知的でスタイリッシュで、かなり整った顔をしていた。
櫂人といい櫂人のお母さんといい、やっぱり吸血鬼って美形が多いのかな?
なんて思っている間にも、櫂人の話は続いていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます