貝が導く再会③
強く求めるキスがゆっくりと優しいものになり、目じりや髪にもその唇が落とされる。
櫂人先輩の腕の中に閉じ込められたまま、髪を梳くように撫でられた。
そんな甘ったるい雰囲気の中、櫂人先輩はポツリと語り出す。
「……昨日の朝、登校中のお前を見かけた瞬間すぐに気になった。この黒髪が十二年前のお姫様と似ていると思ったんだ」
だから、すぐにバイクを停めて私を呼んだのだと言う。
「その辺の勝手に寄ってくるような奴に気安く名前を呼ばれるのは嫌いなんだが、お姫様に似ていると思ったお前には名字呼びされる方が嫌だった」
ああ、それで私には名前で呼ぶようにと言ったんだ。
他の人に名前で呼ばれると睨むらしい櫂人先輩。
昨日の朝、最初に会ったときから私は櫂人先輩の特別だったことを知って、嬉しかった。
「さっきお前の血を舐めて、とても甘く感じた。その血も、お前自身も、全て欲しいと思って……お前が俺の“唯一”だって気付いた」
「……あの、その“唯一”ってつまりは何なんですか?」
話の腰を折る様で申し訳なかったけれど、ちゃんと知りたかったので聞く。
湊さんの言葉で大体は分かったけれど、櫂人先輩にとってどういうものなのかが知りたかった。
「“唯一”ってのは、言葉の通り唯一無二の存在だ。吸血鬼にとって、世界中でたった一人の相手。その相手の血はとても美味しくて、通常より少ない血の量で満足出来るらしい」
そこまでは湊さんが言っていたことと同じ。
でも櫂人先輩と大橋さんの会話を思うと、もっと特別なものがありそうだと思い続く言葉を待った。
「そういう存在だからなのか、他に理由があるからなのか。吸血鬼は自分の“唯一”を強く求める。気が狂いそうなほどに」
「気が狂いそうなほどにって……」
流石に言いすぎなんじゃ、と思って顔を上げると、怖いくらい真剣な目が見下ろして来ていた。
その目に宿るのは愛情か、執着か。
とにかく、強く深い感情だということだけは分かる。
「俺もお前が“唯一”だって気付く前までは言い過ぎだろうって思ってた。でもな、誇張でも何でもないって知ってしまった」
だから、と櫂人先輩は私のあごを軽く掴み固定する。
浮かべられた微笑みは、蠱惑的にすら見えた。
「それくらい愛される覚悟、決めとけよ? 俺はもう完全にお前しか見れない……溺れるほどに、な」
「櫂人、先輩……」
「櫂人でいい。敬語もいらない。両想いならお前は俺の彼女だろ? 恋人同士なら、対等だ」
「そんな、急に言われても……」
「呼んでみろよ。ほら」
顎を固定されたまま、色っぽい微笑みで見つめられる。
そんな状態で呼び捨てにしてみろなんて……なおさら呼びづらい。
ドキドキして、恥ずかしくて、視線を逸らしたくなる。
「れーんか?」
でも、視線が揺れると催促するように呼ばれる。
その様子は楽しそうで、ちょっと悔しくなった。
むーっと、少し不満を表してから口を開く。
きっと、呼ぶまであごを離してはくれなさそうだから。
「……か、櫂人……せんっんっ⁉」
結局“先輩”とつけそうになると、即座にキスで口を塞がれる。
舌まで入って来る深いキスに、また溶かされそうになった。
「ん……ダメだろ? 櫂人だ。ほら、もう一回」
「……いじわる」
色っぽく、それでいて楽し気な様子はもはやいじめっ子だ。
でもお仕置きが甘ったるいキスなのは、私が彼の彼女だからなのか。
そう思うと悪い気はしなくて、もう彼という沼に落ちているような気がした。
「……櫂人」
今度は頑張って“先輩”という言葉を止めた。
嬉しそうに目を細めた櫂人は、結局私の唇を塞ぐ。
吐息も吸い取るようなキスは、さっきよりも深くて甘い。
「んっ……はっ、まって……んっ」
「っはぁ……待てねぇよ。名前呼ばれんの、思ったよりヤバイ。心臓痛い。好きすぎて無理」
唇が離れたと思ったら今度は言葉が次々と襲ってくる。
ぎゅうっと抱き締められて、耳元で直接囁かれた。
好きすぎて無理とか、何が無理なの⁉
というか、いきなり甘すぎるんだけれど⁉
あまり笑わなくてクールなタイプだと思っていたのに、私が櫂人の“唯一”で十二年前に一目惚れした相手だと分かった途端糖度が増す一方だ。
むしろ私の方が溶けそうで無理ぃー!
「あ、あの……私、そろそろ帰らないと……」
強い抱擁が少し緩んだのを見計らって告げる。
もう七時は過ぎている。
流石にお腹も空いて来たし、帰って夕飯の準備もしないと……。
あ、でも今日は真人さんいないんだ。
だったらコンビニで何か買って帰ろうかな?
と、この後の予定を考えていたんだけれど……。
「……帰るなよ」
「え?」
「泊って行けばいいだろ?」
「……え?」
初め何を言われたのか分からなくて、一瞬思考停止した後もう一度聞いた。
「えっと、泊るって……ここに?」
「それ以外にどこに泊るんだよ。てか、もとより帰すつもりないんだけど?」
「ええ⁉」
貝を合わせて確認するために連れて来られたのかと思っていたのに。
櫂人の言い分だと、はじめから連れ込むつもりだったように聞こえる。
「そ、それってどういうつもりで……」
「そりゃあ、抱く気満々で」
「っ⁉」
直球の言葉にカァッと顔に熱が集まる。
そんな私の顔を見下ろしていた櫂人は、「可愛いな」と呟いて額にキスをしてきた。
可愛いと言われるのは嬉しいけれど、今はそこにキュンとしている場合じゃない。
櫂人のことは好きだし、恋人同士になった。
いずれはそういうことをするのもやぶさかではないとは思うけれど……まさかもうそのつもりでいたなんて。
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