貝が導く再会②

 確認したいことがあると言っていたけれど、その箱が何か関係あるんだろうか。


 隣に座った櫂人先輩は、目の前のローテーブルにその箱を置き、軽く息を吐いた。


 そうして箱を開け、中身を取り出して――。



「え?」



 それを見て、私は言葉もなく驚く。


 それは貝殻。


 手のひらに収まるくらいの、ハマグリの貝殻。


 内側が金色に塗られていて、よく分からない絵が描かれている。


 櫂人先輩が持ってきたその貝殻は、私の持っている貝殻にとても良く似ていた。


 描かれているものが少し違うから同じものでないことだけは確かだけれど、大きさは同じくらいに思える。



 まさか……。



 貝殻から櫂人先輩の顔に視線を移すと、真剣な黒い目とかち合った。


 あの男の子と同じ、黒い目。



「恋華……さっきの貝殻、貸してくれ」


「あ、はい」



 ドクンドクンと、鼓動が大きく鳴る。


 緊張で震える手で、なんとか巾着袋から貝殻を取り出して櫂人先輩に渡した。


 無言で受け取った彼は、ゆっくり、慎重にお互いの貝殻を合わせていく。


 私は瞬きもせずに見続け、ゴクリとつばを飲み込んだ。



 二つの貝殻が、ピッタリと合う。


 元々は一つの貝だった証。



「――っ」



 息を呑んで、言葉が出てこない。


 ただただ感情が昂って、何を言えば良いのか分からなかった。



「ピッタリ、合ったな……」



 櫂人先輩の低い声が静かに響いて、お互いに示し合わせるように視線を上げる。


 黒い髪、黒い目の、男の子。


 成長した彼は、私を見てふわりと微笑みを浮かべた。


 切れ長の目が、眩しいものを見るように細められる。



「やっと見つけた。……会いたかった、俺のおひめさま」


「っ! わたっ、しも……会いたかった、ですっ」



 十二年前と同じように私を『おひめさま』と呼ぶ櫂人先輩。


 それが、確かにあのときの男の子だという証拠に思えて……昂った感情は涙として零れ落ちた。



「恋華……?」


「あ、あれ? ごめ、なさい……。嬉しくて……」



 そう、嬉しかった。


 言葉にして、やっと昂った感情の名前を知る。


 嬉しい……とても、とても嬉しい。



 会いたいとは思っていても、名前も住んでいる場所も知らなかった。


 だから、いつか会えればいいとだけ思っていたのに……。


 それがこんなに早く会えた。


 しかも、好きになった人が会いたかった人だったなんて……。


 惹かれたのは必然? それとも運命?


 なんにしても、この喜びは一言では表しきれない。



「恋華……」



 櫂人先輩の手が、私の頬に触れる。


 親指が涙を拭って、頬を包んだ。



「俺も、嬉しいよ」



 同じ気持ちだと告げた彼は、ゆっくり私に近付いて来て……。


 その唇が、私のそれに触れる。


 櫂人先輩の薄い唇は思っていたよりも柔らかくて……甘い熱をはらんでいた。


 好きな人との初めてのキスは、一層想いを溢れさせてしまう。


 唇が離れてもポロポロと涙を零す私に、櫂人先輩は心地よい低音ボイスで優しく語りかけた。



「十二年前、初めて会ったあの日。今みたいに泣いてるお前を見た時から、俺はずっとお前だけを求めていた。……一目惚れだったんだよ」



 あの日、あの浜辺で共にいた時間は一時間もなかった。


 そんな僅かなひとときなのに、一目惚れしたというだけで十二年も想っていてくれたの?


 一途すぎるその想いは、人によっては重いと感じるかもしれない。


 でも、私は――。



「私もっ、あのときが初恋で……あのときの男の子が、櫂人先輩だと知らなくても……惹かれて」



 泣きながらだとうまく話せなかったけれど、どうしても伝えたくて声を出す。



「暴走族とか、吸血鬼とか……怖いと、思ったけど……でもっ!」


「ああ、分かってる。……好きだ、恋華」


「っ!」



 涙で途切れて一番口にしたい言葉を言えずにいたら、櫂人先輩が代わりに言ってくれた。



「好きだ、恋華。……もう絶対に離さない」


「あ……私も、すき――んっ」



 繰り返して口にしてくれた言葉を私も返そうとする。


 でも、ちゃんと言う前にまた唇を塞がれてしまった。



「っ恋華……恋華……」


「かい、と……せんぱっ」



 頬にあった手が後頭部に回り、もう片方の手が私の腰に回される。


 抱き寄せられ、深くなるキスに息が上がった。


 櫂人先輩が好きだと、私も伝えたいのに。


 強く求める唇が……捕らえるように絡みつく舌が……閉じ込めるようなその腕が。


 全部が私から言葉を奪っていく。


 全部が、私を甘く溶かしていく。



 そうして何度も彼の唇を受け入れているうちに、涙はいつの間にか止まっていた。

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